第73回 ウォーキング(R1.7.8)入谷の朝顔市、谷中霊園、谷中銀座等 活動報告

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「今年は夏が来ないのでは!」の心配がかすめる梅雨の晴れ間、総勢20名(男12名、女8名)で、入谷朝顔市を訪れた。今年で71年目を迎えるという入谷朝顔市は、鶯谷駅に近い入谷鬼子母神(真源寺)を中心として、言問通りに60件の朝顔業者と80件の屋台(縁日)が並び、毎年約40万人もの人が集まるという。曜日に関わらず、毎年7月6日~8日の3日間開催される第3日目の9時過ぎに訪れたせいか、朝顔の花は盛りを過ぎた風情を否めなかったのが残念だった。江戸時代後期から真源寺境内で、朝顔栽培農家が自慢の品を披露したことが始まりという伝統の祭りも、大正に入ると世情が怪しくなり、植木屋も廃業し入谷から一度朝顔の姿が消えたという。そして戦後になり、すさんだ世の中を少しでも明るくしようと地元有志の方々により復活されて今日に至る「入谷朝顔市」の一端には触れることが出来た。歴史はさて置き、小鉢500円からという触れ込みであったが、2,000円の鉢しか売られておらず、家庭で楽しむには手を出しがたい、庶民の台所からは遠ざかった朝顔市という感じがしたのが心に残った。
入谷鬼子母神(真源寺)は、雑司ケ谷の鬼子母神、千葉・下総中山の鬼子母神(法華経寺)と並び「江戸三大鬼子母神」に数えられている。「恐れ入谷の鬼子母神。びっくり下谷の広徳寺。そうで有馬の水天宮」というのは江戸っ子の洒落で、入谷は山手線鶯谷界隈の地名。恐れ入るということを洒落て、入谷の真源寺に祀られる鬼子母神を掛けたセンスに脱帽。
朝顔市の後、鶯谷駅から山手線の内側を日暮里に向かって歩き、寛永寺の根本中堂に詣でた。そこから谷中霊園に入り、徳川慶喜の墓所を始め、既に歴史となった政財界や芸術界の著名人の墓の脇を通り、日暮里駅に至る。ここでウォーキングを終える方々と別れ、「夕焼けだんだん」で知られる谷中銀座商店街に向かい、折から昼食時でもあり、自由行動とした。狭い通りの両側に様々な店が立ち並ぶ中、平日にも拘わらず、観光客が行きかい、外国人も目立っていた。自由行動の目的は、食べ歩き、飲み歩きを楽しむことであったが、お歳を経ているご参加の方々は、そのような行儀の悪いことはお好きでなかったようで、ほぼ全員が、三々五々、食堂、レストランでの昼食を選ばれたようである。
この後数人がウォーキングを終了、残った方々で、1,900余年前に日本武尊(やまとたける)が創建したという古社、根津神社に詣でた。皐月の躑躅(つつじ)の時期には人が溢れかえっていた境内も静けさを取り戻しており、鮮やかな朱塗りの本殿に向かい祈っていた人の姿が印象的であった。さて、花より団子、門前からほど近い「根津のたい焼き」で知られる店に、皆で並んでたい焼きを愛でたのは、言い得て妙ということか。
帰路の途中、池袋で、昼間から飲める店を探して打ち上げを行った。(東海俊孝記)
お詫び:パソコンが壊れた為に、ウォーキングの写真を失ったことを、ご容赦下さい。
追:8月19日に開催を検討していた、清瀬ひまわりフェスティバルへのウォーキングは、
  酷暑を考慮し、中止と致しました。