電子版

第38号
早稲田大学東久留米稲門会
  
   平成20年1月10日
   発行責任者  市川 英雄
   編集責任者  井坂 宏

   e-mail: w_higashikurume@nifty.com
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             新年ご挨拶
                      東久留米稲門会会長 市川英雄
  新年おめでとうございます。稲門会の皆さんは、よいお正月を迎えられたことと思います。
 昨年は10月に母校早稲田大学が創立125周年を迎え、校友の福田内閣総理大臣をはじめ多数のゲストを迎えて、記念式典が母校で盛大に行なわれたことはご同慶のいたりです。
 またスポーツ面でも、六大学野球秋季リーグ戦3連続優勝をはじめラグビー等花を添えてくれました。
 
 本年はわが稲門会もいっそう会員相互の懇親を深めようではありませんか。そして楽しい稲門会にしたいと思います。会にはいろいろな部会・サークルがあり、各担当からご案内をさしあげていますが、皆さんも積極的に参加することによって、会員相互で親しくなって下さい。会員の親睦によって、日常生活に潤いをもたらすことは間違いないと私は確信しております。ときには肩を組んで一緒に校歌を歌いましょう。そして大隈重信候の125年寿命説の活力を注入しましょう。
 昨年のわが国の100才以上の方は2万2千人台いるそうなので、125才もあながちユメではなくなるかも知れません。本年の皆さんのご多幸をお祈りいたします。


会の告知板

   1月12日(土)    ラグビー観戦     13:00     国立競技場
   1月16日(水)    1月お誕生会     17:30〜    東久留米「鮮乃庄」
   1月26日(土)    平成20年新年会   18:00〜    成美教育文化会館
              (案内配付済)
   2月 3日(日)    役員会        13:30〜    成美教育文化会館
   2月13日(水)    映画鑑賞会      14:00〜    市民プラザホール
                題名「禁じられた遊び」
   2月20日(水)    2月お誕生会     17:30〜    東久留米「鮮乃庄」
   3月 4日(火)    芸術鑑賞会      19:00〜    ルネこだいら
   3月20日(木)    臨時役員会      13:30〜    成美教育文化会館
   4月 6日(日)    平成20年度定時総会 14:00〜    成美教育文化会館
                文化講演会  講師:國米家己三氏(当会会員)

[大学・校友会関係]
○早稲田大学創立125周年記念募金
 2000年を初年度とし会員に毎年2,000円を8年間、それ以外に500,000円を募金することを計画し、達成した合計277万円を納めることが出来た。
 東久留米稲門会全体としては、大学からの依頼額2,000万円に対し、11月末現在で1,400万円を消化し70%達成。大学としては200億に対し170億であと30億未達である。
 3月末までが期間であるのでさらなる協力をお願いしたい。
○第10回清瀬稲門会総会
 11月10日(土)開催され、市川会長、菱山副会長が出席した。会長が中根会長から山本力也会長に交替した。10周年記念に当たり、グリークラブOB22名によるコーラスがあり、記念誌が配付された。
○第3回都内稲門会会長懇談会
 11月16日(金)大隈会館にて開催され、市川会長が出席した。白井総長が挨拶で、第二の建学として、@大学院生の増強(国際化)、A校舎の整備、B慶應を引き離し東大をターゲットとするの3点を挙げられた。
○第12回東村山稲門会総会
 11月17日(土)開催され、市川会長、井坂副会長が出席した。参加者93名。山崎光夫氏による「若き日の大隈重信と早稲田大学」の講演があった。



[会の報告]

○平成20年度東久留米稲門会執行部体制
 松崎副会長に委嘱していた、125周年関連の担当を解除。
 会計を森田幹事から伊東幹事に交替。
○講演会「大相撲に魅せられて 第2弾」
  12月2日(日)3:00PMより中央公民館において、第22回講演会が開催された。
 演題は第21回に引き続いて、呉淳久氏による「大相撲に魅せられて」の第2弾としてサブタイトル 〜紙芝居を一所懸命聴いていた子供の頃〜であった。
  まずは氏が収集された大相撲の写真、手形、書、絵画、本、めんこなどの多さにびっくり。 第22代横綱太刀山の富士山の画などは大変貴重なものだろうと感心した。また、太刀山は185p、139sと当時としては並はずれた体格でDNAの奇蹟と言われていて、強さも抜群であったという。

沢山の手形、書をバックに講師の呉会員
第35代横綱双葉山の自叙伝もあった。双葉山は子供の頃からずいぶんと苦労したようで、それが横綱としての心技体を作り上げたのだろうと勝手に推測したりした。双葉山の手形が他の力士と比べて小さかったのは意外であった。早稲田大学と大相撲との関係についても興味深いものがあった。明治時代の第19代横綱常陸山は大変な早稲田贔屓で、早稲田に入学しようとした。第34代横綱男女ノ川は引退後早稲田に入学して勉強した。双葉山をはじめ多くの横綱が早稲田 相撲部で稽古をつけた等の話からは、当時から如何に早稲田大学の名が全国的に知れ渡っていたかを知ることが出来る。
  思うに野球の早慶戦などを通じて一般の中にも大勢の早稲田贔屓、慶應贔屓がいたのではないか。それだけ私学の雄として早稲田、慶応はあこがれの的だったのだろう。双葉山の小学校の校歌が早稲田大学校歌によく似ているのは、早稲田の校歌が全国に流れて、それが取り入れられたのだろうといわれている事からも推測できる。
                        (井坂 宏記)

歴代の会長4人が一堂に会しました

○平成19年度役員、部会長、歴代会長による忘年会
12月2日(日)「川ふじ」で開催した。 参加者26名。
 


















○お誕生会

11月21日(水) 前列の4名がお客様

12月19日(水)お誕生日の方は1名でした
お誕生会は毎月第3水曜日に東久留米「鮮乃庄」で開催しています。その月生まれのかたは遠慮することなく来てみて下さい。 楽しい仲間が待っています。


○12月18日(火)ウォーキング

          生麦事件址
第25回ウォーキングを楽しむ集い
 今年最後のウォーキング「神奈川宿歴史の道散策とキリンブルワリーツァー」はのどかな日よりにめぐまれウィークデイにもかかわらず14名が参加した。神奈川宿は日本橋を出て品川、川崎に続く三番目の宿場町です。この神奈川が一躍有名になったのは日米修好通商条約の締結の舞台となり開港場と決められたからです。我々は京浜急行神奈川駅下車、駅近くの高台にあり往時は海を眼下に見る事できたであろう本覚寺(アメリカ領事館)他、寺社が立ち並ぶ各国の居留地域を散策した。しかし関東大震災と第二次世界大戦の二度に災害により歴史的遺産はその面影もなく、当時の各国の公使館、領事館跡の石碑があるのみで、あの寺をどのようにして利用していたのか想像するしかないが、資料によると松の木は枝を切り払って星条旗を掲げ、本尊は板囲いで覆い、山門をペンキで塗り日本人の立入を禁止したとある。そして起こるべくして起こった象徴的な「生麦事件」の現場となった。その隣が反省会々場の広大なキリンビアビレッジです。丁寧な工場案内の後、試飲に続きビレッジ内のレストランでできたての各種ビール、いつもより豪華な料理で乾杯!!!
  今回で会の運営を長らく指導された土屋さんから次の方へバトンタッチ、長い間「楽しい
ウォーキング集い」有難うございました。    松崎 記


○カラオケを楽しむ会
 2007年12月29日、午後6時30分、いつもトップバッターの馬場さんが風邪で欠席のため、平岡さんの北島三郎の歌で会はスタート。
 参加者17名は60代、70代ばかりで、毎回ほとんどが昭和の歌、それも演歌が多く唄われます。
その中で今回も高柳さんの「木綿のハンカチーフ」松田聖子の曲は異色でした。もう一人一番若いのに古い古いディック・ミネや「湯島の白梅」等を唄われる安次峰さん。「どうして?」と不思議な気持ちで聴いています。
馬場さんのピンチヒッターで参加して下さった比護夫人の篤子さんは、澄んだソプラノで会場に花を添えて下さいました。
お酒のピッチも上がり、かなり盛り上がった頃、藍原さんの飛び入りでますます佳境に入っていきました。
とりは、大先輩・末松さんの「サントワマミー」
でした。末松さんはシャンソンもお上手なのです。制限時間ぎりぎりの10時10分恒例の「都の西北」の大斉唱でフィナーレ。日頃のストレスを吹き飛ばせた、楽しい年忘れになりました。今回ほとんど唄われず曲の入力に専念してくださった平山さん、お疲れさまでした。全部で60曲になったそうです。なお、シダックス東久留米店は1月下旬で閉店  になります。清瀬店、東村山店は少し遠いので、次回からもできるだけ市内で開催したいと思って  (2007年最後のカラオケを楽しむ会も盛会でした)います。
どなたか適当な所をご存じの方は教えて頂けませんか。          
                  (河村洋子記)


○映画鑑賞会
 次回上映「禁じられた遊び」 1952年製作 フランス映画
 2月13日(水)午後2時〜  於:東久留米市役所 市民プラザホール
 第2次世界大戦下、パリから逃れる途中、機銃掃射で両親を失った5歳の少女が、農家の少年と出会い可愛がっていた子犬の墓をつくり十字架遊びを始める。
 名匠ルネ・クレマン監督による詩情豊かな、子供の眼から見た反戦映画。ナルシソ・イエペスの哀愁を帯びたギター音楽があまりにも有名。
 少女役のブリジット・フォイセイのあどけない可愛らしさは一層作品を引き立てる。
 ●アカデミー特別賞 ●ベネチア映画金獅子賞(グランプリ)
 ●キネマ旬報1953年ベスト1


[部会報告]
○女性サークル
 11月15日(木)「林芙美子記念館訪問」を実施。11名参加。    (別途報告あり)   
○散策山歩きの会
 三峯山へハイキングを行なった。16名参加。            (別途報告あり)
○ゴルフ部会
 11月13日(火)稲門会/三田会対抗戦を行なった。10名参加。   (別途報告あり)
○囲碁部会
 11月24日(土)〜25日(日)恒例の合宿を南房総で行なった。  (別途報告あり)
○俳句部会
 12月15日(土)第90回の句会を迎える。次号「杜の西北」に部員全員の句を掲載予定。
○書道部会
 11月16日(金)〜18日(日)成美教育文化会館ギャラリーで第4回作品展を開催した。
 今回は部会、並びにチラシ、案内はがき等で周知した結果、多数の来場者があった。
                             (別途報告あり)
○グルメ部会
 11月28日(水)太田家にてバーベキューを実施。12名参加。   (別途報告あり)
○諸芸術鑑賞
 11月11日(日)こもれびホールにおける日フィルコンサート鑑賞会を実施。20名参加。
 (別途報告あり)




部会だより

○女性サークル

女性サークルの秋の行事として、11月15日(木)新宿区中井にある林芙美子記念館を訪問しました。この記念館は、作家林芙美子が晩年を過ごした住居を一般公開しているものです。500坪の敷地内に建つ建物は、数寄屋造りの細やかさが感じられる京風の特色と芙美子の民家風のおおらかさをあわせ持った、落ち着いた佇まいの住まいでした。秋になると庭の紅葉が美しいとのことでしたが、あいにく温暖化のせいか、まだ木々は赤く色づき始めた程度でした。ボランティアガイドの方の説明もあり、生前の芙美子の様子が、家の中で生き生きとよみがえり、有意義なひと時を過ごすことができました。お昼頃には見学を終え、中井に適当なレストランがなかったため、帰路大江戸線新江古田駅で途中下車し、レストラン・ラ・リオンにて、昼食、楽しく歓談し、2時ごろ散会しました。(参加者11名)
                                     (山岡恭子記) 


○散策山歩き会
 11月23日(祝)、雲ひとつない晴天のもと、東久留米駅8時18分発に乗車、所沢で全員が合流し、三峯山口行
き直通電車に乗り換えて、総勢16名にて出発、終点まで全員座っていくことができました。今年の6月まであったロープウェイが廃止になった影響もあり、超満員のバスで、小一時間掛かって到着。時間的にあわただしかったのですが、すばらしい紅葉のなかでの昼食と熱いコーヒーを沸かして一服した後、バスにて下山。帰路、所沢駅「ななかまど」に於いて10名で反省会を致しました。
         (安次峰 暁記)



○ゴルフ部会
第8回東久留米稲門/三田会懇親ゴルフ会は11月13日(火)、秋晴れの玉村ゴルフ場にて早慶あわせ20名参加のもと開催されました。個人戦は小野さんが優勝。また各会ネット成績上位4名の合計で競う団体戦も小野さん上原さんの貢献が大きく9ポイントの差で当会が勝利し、通算2勝6敗とやっと両目を開けることができました。
夕刻鮮乃庄での表彰式は両会の友好の記念としてW-Kマークの入ったゴルフキャップを作ることが決まるなどプレー以上に盛り上がり懇親を深め、来年の再会を約してお開きとなりました。                                           (伊東 毅記)  


○囲碁部会

 平成19年11月24・25日、一泊の合宿が開催された。場所は千葉県鵜原(勝浦の近く)で、「至楽荘」というところである。成美会館の付属施設で、主に小中学生の臨海学校に使用される。
 料金は格安(2食付き5,500円)、すべてセルフサービスで全館禁煙、パジャマ・洗面具は持参、風呂は沸かし湯で9時までと超健全?久しぶりに学生気分を味わった。

戦い終って成績表の前で

優勝賞品が辰巳部会長から小仁井七段に授与

 食事のメニューの定番は学食レベル、我々はそれを見越して特別料理として金目鯛の刺身とサザエの壺焼きを追加、これは大変成功であった。加えて管理人ご夫妻の親身な応接もあり、心地よい一夕を過すことができた。 対局に際して、我々のために盤石(4セット)をわざわざ調達して頂いたようであるが、ちょっと難を言うと碁石は薄いプラスチック製のため「吹けば飛ぶような」状況で、石が動き易く困惑したことである。 今回の参加者は8名、総当たりで1人7局、これは  一泊の碁会としては理想的であった。 戦績は、小仁井七段の全勝優勝、2位は苅草九段の6勝1敗、3位は中道六段と、ハンデ戦にもかかわらず段位上位者が賞を独占する形となった。 筆者を含め、下位者の奮起が強く望まれる。 帰路は、車組3名、ストレート帰宅組3名、買物組2名にわかれ、買物組は勝浦で途中下車、朝市で待望の金目鯛の干物等を手にしたようである。
                             (辰巳徳蔵記)




○俳句部会

11月10日(土) 第89回句会  13時30分〜16時  市男女平等推進センター
兼題 「七五三」 「新酒(あらばしり)」  当季自由句
 高得点句

焼き印の香の立つ枡やあらばしり   神田 尚計
父の背に何時かまどろむ七五三 太田 千雪
七五三付き添いパパも初々し 川俣 栄一


12月15日(土) 第90回句会  13時30分〜16時  中央公民館
兼題 「短日(日みじか)」 「日記買う」 当季自由句
 高得点句
小春日や猫が留守居の駐在所 三田  三
普請場の裸電球暮早し 三田  三
吹かれ来て次の風待つ枯葉かな   松田 博雄
短日や何となく店早仕舞 馬場 清彦
短日や用二つめは夕暮れて 跡見 富雄
小包の隅に田舎の柚子二つ 川島 知子


○書道部会

東久留米稲門会書道部第四回作品展
 東久留米稲門会書道部が発足して、丁度十周年を迎え、部員一同の作品展が平成19年11月16日(金)−18日(日)に成美会館で開催されました。武藤会長の云われる部員一同、ここに「凛」として、身の引きしまる清々しい書作品「自画自賛」

大勢の人が訪れ大変盛況であった
を一同に展示することが出来ました。 私事になりますが、小学生の頃習字の時間に筆を持った記憶は有りますが、或る機会に私も入部を進められ、何もなく入会し、武藤部会長のご指導と熱意に引きずられ、また部員の方々の励ましがあり今日迄部員の皆様に付いて行きました。此の十年書に対する色んな知識を部員の皆様から学び、自分なりに努力して来ました。今回私の愚作も参加させて頂きましたが、まだまだ未熟では有りますが書の道を研鑽し、一層の努力を続けて行く所存です。さて今回の展示会は、稲門会の会員の方、又外部の方々、大勢の方に御覧頂き、大盛況の展示会で終りました。今後共に、東久留米稲門会書道部を何卒ご支援ご指導賜りますようお願い申上げます。
                       (久家政裕記)


○グルメ部会
 太田部会長企画による初めての「食い・飲み倒れ」会が11月28日(水)参加者12名にて行われた。今回は太田部会長の自宅にて催され、新鮮な魚料理を味わう会で、大島、焼津等から獲りたての魚が

美味しいものを食べて大満足の皆さん
用意された。大島直送きんめだいの一夜干し、いかの一夜干しを庭で炭火焼きし、焼きたてを食べることができ大変に美味しかった。 また、焼津のまぐろの刺身、谷中名物メンチとコロッケ等料理の種類が多くグルメな会となった。 アルコールも適度にまわり、話もはずみ、にぎやかな楽しい一時を過ごすことができた。最後は大島氏のハーモニカ伴奏による校歌
斉唱で締めくくった。                    (森田 隆記)


            


○芸術鑑賞会
11月 11日(日)当会で初めて芸術鑑賞会として、日フィルのコンサートへお誘いしたところ20名の方々のご参加をいただきました。
会場が近く、入場券も気軽な程度で大方の皆様に喜んでいただけたように思いました。同じ趣味をお持ちの方々と一緒に楽しみ、また親睦を深めればと願い始めた鑑賞会ですから、この分では継続していけるのではと思いました。
そこで第二回として同封チラシおよびご案内の通り、コンサートのお誘いを企画致しました。
なお今後は、落語、オペラ、ミュージカル、ポピュラー、能狂言、バレエ、歌舞伎、文楽等々、皆様のご希望に応じてご案内できればと思っておりますが、今回はチャイコフスキーの名曲、ヴァイオリンコンチェルトと交響曲第六番「悲愴」の2曲を小林研一郎指揮でいかがと思い、もう一度続けてクラシックコンサートのご案内を致しました。どうぞ、前回同様皆様奮ってご参加くださるよう、重ねてお願いを致します。
   日時: 3月4日(火)  午後7時 開演   開場 午後6時30分
   場所: ルネこだいら  大ホール
                    (菱山 房子記)





会員リレーエッセイ〉〜噴水広場〜

                 早慶6連戦の思い出
                               帆角信美(36年法)
 昭和35年11月6日。神宮の森の空はぬけるように青かった。私は友人と一緒に神宮球場の学生席に陣取り、試合開始を待っていた。すでに就職も決まり、学生最後の早慶戦に優勝して卒業したいものだと胸をわくわくさせていた。
 当時の東京六大学野球は立教の全盛時代だった。私が入学した昭和32年は長嶋、杉浦、本屋敷の活躍で春、秋とも立教が優勝した。神宮に足を運んでは悔しい思いをしていたが、唯一の救いは長嶋が8本目のホ−ムランを打った試合を見ていたことだった。33年も立教が連覇した。34年の春は早稲田が優勝、感激の美酒を初めて味わったが、秋はまたまた立教が優勝した。35年の春は法政が戦後2度目の優勝を遂げた。秋のシ−ズンは早稲田と慶応が順調に勝ち星を挙げ、慶応が8勝2敗、早稲田が7勝3敗で、早慶戦で慶応が勝ち点を挙げれば慶応の優勝、早稲田が連勝すれば早稲田が優勝、早稲田が2勝1敗で同点決勝という、両校にとって優勝がかかる大一番を迎えていた。
 早稲田・安藤、慶応・清沢の先発で第1戦が始まった。これがあの有名な早慶6連戦の幕開けだった。この試合は2対1で早稲田が勝った。第2戦は早稲田・金沢、慶応・三浦の先発で始まり、慶応が4対1で勝った。第3戦は再び早稲田・安藤、慶応・清沢の投げ投げ合いになったが、早稲田が3対0で勝った。この試合の9回の表、三塁ランナ−だった早稲田の徳武が内野ゴロで猛烈な勢いで本塁に突入し、慶応の捕手大橋をふっとばした。このラフプレ−に両チ−ムが本塁ベ−ス上で激しい揉み合いになった。その裏、徳武が三塁守備についた時に徳武に向かって慶応応援席から猛烈な野次ととともにミカンや空き缶が投げ込まれ、第二のりんご事件の再来になりそうになったが、慶応の前田監督がゆっくりと三塁コ−チャ−ボックスに立ち、慶応応援席を睨んで騒ぎを抑え込んだ。私も早稲田の学生席で大声をあげて慶応を野次っていたが、前田監督の威圧感のある行動に思わず拍手を送っていた。
当時私は保谷の東伏見に住んでいたが、早慶戦が始まるや、早稲田鶴巻町にある2階建て店舗住宅に下宿している友人の3畳しかない部屋に転がり込んで、第1戦と第3戦をその友人とともに学生席から応援をしていた。試合後は友人らと「もう優勝はもらった。前祝いだ」と前祝をやってから友人の3畳間で夜を徹してブリッジをして夜明けを待った。
いよいよ優勝決定戦が始まった。私も友人も授業などそっちのけで神宮球場に足を運び、声援を送った。試合は、早稲田が連投の安藤、慶応が角谷の先発で始まった。慶応が1対0とリ−ドして早稲田の9回裏もワンアウトとなり、私ももう駄目だと観念したその時だった。代打鈴木が右中間を破る三塁打を放った。大歓声のなか3番石黒がライト前に安打し同点に追いついたが、4番徳武、5番村瀬が討ち取られ、同点のまま延長戦に入り延長11回、1対1で引き分けた。
1日おいて決定戦が行われた。私はその間を利用して下着などを取り替えるため家に戻った。一帳羅の学生服を再び着込んで神宮球場で友人と合流し、学生席に陣取った。もうこうなると両校とも意地でも負けられない気持ちで燃え上がり、両校の応援は熾烈を極めた。この試合は、早稲田が3連投の安藤、慶応も連投の角谷で始まり、0対0のまま延長戦に突入した。早稲田最大の危機が11回の裏に訪れた。早稲田はノ−アウト1、3塁と攻められ満塁策をとった。打者は4番渡海だ。万事休したなあと思いつつ声援を送っていたら、渡海の打球がライト前に飛んだ。「やられた」と思ってライトからのボ−ルを見ていたら、捕手に向かって一直線にボ−ルが返り、審判の右手が高々と上がった。そのあと安藤が懸命の投球で0に抑え、またも0対0の引き分けで終った。早稲田の応援席は優勝したかのように沸き立った。試合後私も友人もすっかり興奮して新宿で大いに気勢を上げて、友人の3畳間に泊りこんだ。夜中飲みすぎから気分が悪くなりうなっていたら、友人が私の枕元でお経を唱え始めた。私は「死人じゃあるまいしお経などあげるなよ」と思ったが、友人があまりにも一心不乱に唱えているものだから黙って聴いていた。あとで何のお経か尋ねたら、般若心経だった。そのおかげか夜が明けた時には気持ち悪さはなくなっていた。第3戦が始まる前にキャンパスに行ってみたら、学生の姿は殆んどなく閑散としていた。授業は完全に休講状態だった。キャンパスには木の葉が静かに舞っていた。
いよいよ運命の第3戦、世に言う「早慶6連戦」の最後の戦いの時がやってきた。私はこの日も3畳間の友人宅から友人とともに神宮に駆けつけ、学生席に陣取った。早稲田は4連投の安藤、慶応は3連投の角谷が先発だった。この日は球運が早稲田に味方した。早稲田は疲れの見える角谷を攻めて3点を取り、安藤が慶応打線を1点に抑え、9回最後の打者を打ち取った。その瞬間スタンド中を埋め尽くした早稲田の大応援団から大歓声とともに紙吹雪が舞いテ−プが飛んだ。私も訳のわからない声をあげながら友人と抱き合い、ちぎった紙を投げ続けた。
私は今までにない感動を覚えながら、一瞬静まり返った球場で大応援団に囲まれて早稲田の校歌を高らかに歌った。負けた慶応の校歌も早稲田に負けず劣らず力強く球場に響き渡った。エ−ルの交換が終って球場がざわめく中、応援団のリ−ダ−から「4年生は立ってください」と声がかかり、私も友人とともに立ち上がった。途端に周りから一斉に大きな拍手が起きた。そして、静かに暮れ行く空のもと友人と肩を組んで大応援団とともに「早稲田の栄光」を歌った。
私は、早稲田では勉強も遊びもすべてほどほどの生活を送る、実に平凡な学生に過ぎず、これといった思い出も持たないが、この早慶6連戦だけは今でも私の脳裏に強烈な印象を残したままだ。今でも時折神宮球場に通い、観客席の片隅から学生野球に声援を送っている。




読者のページ

             ラグビー観戦記
                                   藍原昌義(S40法)
  あけましておめでとうございます。
正月2日は忙しい。イヤーホンで駅伝、そして国立ではラグビー大学選手権の準決勝2試合。
第一試合後半、リードする慶応、明治のfw攻撃に懸命の防戦。どちらが勝っても良い筈の試合だが思わず力が入る好試合。箱根では6位で襷を繋いだ早稲田がトップに躍り出て往路優勝。さて早稲田vs帝京。風上の早稲田キックオフ。五郎丸欠場のバックスは1、2年生のチビッコ。スピードで勝負するしかない。帝京防御良く、バックスでゲインライン切るのが難しい。と思っているうちに12分相手タッチキックを橋本チャージ。左に回し相手防御ライン整わないところを13田邉try。7:0.早稲田攻撃にいつもの切れがなく、自陣に入ったあたりでの攻防多い。28分左サイドを帝京8切れ込み、繋いで大きく右。14try。7:5.両者決め手なくハーフタイム。後半。早稲田相変わらずパント多用も相手守備良く深く入れず自陣での攻防。18分ペナルテーから右ラインアウト。モールを押し込み臼井try。12:5.その後帝京のボールキープ時間が長く感じられるも、早稲田ラックを少人数で対応し、防御ラインを整え、相手のサイドアタックにゲインを切らせず。モールは横に動かし押させない。fw健闘。攻めは8豊田をラインに入れる等試みるもtryを決めるに至らず。ノーサイド。危なげない試合ではあったが1try1ゴールで同点になる試合。ダブルスコア以上での勝利に慣れてしまった我々には疲れる試合であった。さて12日は慶応相手の決勝戦。39年ぶり。前回(テレビ観戦)の時は同点、抽選で慶応が大学代表で社会人相手の日本選手権に進出した。
今年はどうなる。有田幸平は出ると云っていたが五郎丸は出られるのか?



(編集後記)○今回は何と言っても創立125周年記念行事でしょう。編集子も卒業45年目ということでホームカミングデーに招待された。記念会堂での式典に出席したが、125年という節目の年に45年目を迎えたという幸運を胸にかみしめた半日であった。○雲一つない秋空の中、ウォーキングを楽しむ会に参加した。真っ青な空に真っ赤な柿が映え、柚の木はたわわに実をつけている道を、神社、お寺を巡りながら大宮花の丘公苑まで歩いた。花の丘公苑では満開のコスモス、サルビアが迎えてくれて、素晴らしいの一語に尽きた。コスモスを揺らす風さへなかりけり(井坂)