会の告知板
3月21日(火) 13:30〜 役員会議
4月 1日(土) 14:00〜 映画鑑賞会 市民プラザ
上映作品 「麗わしのサブリナ」
4月 9日(日) 第12回文化講演会・定時総会・親睦会 成美教育文化会館
14:00〜 文化講演会 講師:伊佐九三四郎氏 歴史旅行作家
演題:海外の山旅から−見聞談とスライド
15:30〜 定時総会
議題 平成17年度事業報告
平成17年度収支決算報告
平成17年度収支決算監査結果報告
平成18年度事業計画
平成18年度収支計画
17:00〜 懇親会 会費 5000円 同伴者 2000円
[大学・校友会関係]
○早稲田大学創立125周年記念事業募金
当稲門会としては、2005年実績は238,000円、累計は1,908,150円。
大学目標額200億円に対して05年11月現在、入金分84億円、申し込み93億円。
なお、早稲田学報別冊「募金者ご芳名簿」に当会の協力者の名前と累計額が掲載されている。
○三多摩新春会長会が2月10日(金)昭島市福祉会館で開催され、当稲門会から市川副会長が出席した。125周年募金についての協力推進、支部の体制・活動などが議論された。
○早稲田学報1155号の校友会ぺージに当会納涼会の記事が掲載された。
[広報関係]
○「杜の西北」の新編集委員が下記の通り決まった。
編集長、比護。編集委員、帆角、菱山、市川、平山、神田、松崎、森田、伊東、高橋(哲)、
山岡、呉、大津、
○平成17年度の会員名簿は個人情報保護法の施行、振り込め詐欺の多発などによって発行を見送ったが、会員の中から一定の縛りをつけても会員名簿は発行すべきだとの声が上がっている。
当会として18年度の会員名簿発行については再検討することとなった。
○東稲ニュース本号で案内しているように、4月9日(日)は本稲門会の定時総会が開催されます。
定時総会に併せて、文化講演会のほか、懇親会も計画されていますので、なるべく多くの会員の方に出席して頂きたいと考えています。社会でバリバリ働いている現役の方、貴重な休日ですが、リフレッシュのつもりで来られたら如何でしょうか。現役を引退された方、楽しい仲間が皆様をお待ちしています。総会、懇親会を通していろいろな部会を知り、その部会に参加されることによって皆様の健康増進にも一役買えるものと思います。
[会の報告]
○1月21日(土)成美教育文化会館大研修室において新年会が開催された。
当日は思いもよらぬ大雪であったが、34名の会員が参加した。菱山会員が特別にお鍋まで準備して、会場でおでんを作り大変好評であった。時間が経つのも忘れてお酒、食事、歓談と大いに盛り上がったが、時間の制約もあり最後に「都の西北」を全員で合唱してお開きになった。
○ウォーキングを楽しむ会
「ウォーキングを楽しむ集いに参加して」 下町散歩雑感
春と冬が交互に来る季候2月11日建国記念日は暖かく穏やかなウォーキング日和でした。
久しぶりの顔、初めての顔、集合したのは何と大勢の27名。賑やかに東久留米駅を出発しました。
東向島駅を下車して最初の訪問地は向島百花園です。狭いながらも草木の種類は驚くほど多く「四季百花が咲き乱れる園」と言われ多くの文人や町の人々に愛されてきたのもさこそと頷けます。
文人達の句碑や石柱がそこここにあり、池には立派な鯉が悠然と泳ぎ、あちこちで足が止まりました。この冬の寒さのせいか草木はまだ冬構えです。花も蕾さえ膨らんではいません。でも夫々の植物の前の真新しい木札はその草木の緑も花も彷彿とさせ案内してくれました。
福寿草の大きな鉢は白砂に真黄の鮮やかな花を沢山咲かせていて「福寿草家族の如く集まれり」の夫の実家の暖簾の一句を思い出しました。
白髭神社から幸田露伴住居の跡地の文学碑を訪ね隅田堤へ。ここで東京名物の言問団子と長命寺の桜餅の店へ各自好みの方へ立ち寄り一休み、どちらも美味しかったと満足顔です。名物にもうまいものがあると思いました。芭蕉の句碑がある長命寺へ寄り、桜橋を渡る。一足先に渡った健脚組は足の遅いのんびり組を橋のたもとで待つことしばし。隅田川はゆっくりと流れ、川面は早春の陽光にきらきらと光を放ち、堤防の桜並木がかすみ、花見時の賑わいが目に見えるようでした。
永井荷風が「墨東奇譚」の中で「様変わりしたとは言え隅田川の見える景色はやっぱり今も美しい....僕は好きだ」と書いたのはこのような隅田川の景色だったのでしょうか。皆で揃って待乳山聖天を参拝、混み合う浅草寺の参詣もそこそこに、この日の一番のお楽しみ神谷バーへと。ここで昼食を頂きながら歓談しました。昔からモダンと言われたこのレストランの目玉はデンキブランと言う知る人ぞ知るお酒で、名の面白さもあってか皆興味深々、綺麗な琥珀色のトローリとした感じのお酒を「昼間から」なんて言いながらも盛沢山の庶民的な洋食をおつまみに和気藹々と楽しみました。戦災を逃れたかに見える古い下町の家並み、春うららの隅田川、庶民的な味のコロッケやエビフライにハンバーグ....行けるようで行けなかった下町散歩の情景を思い出しています。
東京は広い。リーダーの土屋さん、久家さん、森田さんはじめ皆さん有り難う
(菱山房子記)
○映画鑑賞会
2月24日(金)、市民プラザホールで午後2時〜「陽のあたる場所」を上映しました。
アカデミー賞 オスカー賞(1951)を受賞している往年の名画の一つです。
監督:ジョージ スティーブンス
主演:エリザベス テイラー
モンゴメリー クリフト
シェリー ウィンタース
初めてのウィークディの開催で来場者の少ないことを案じ、そのうえ雪の予報まで出た悪天候で如何かと思っていました。ところが予想に反して開始40分前から長い行列ができ、155席はあっという間に満席。嬉しくも困惑しながら会場整理に当たりました。
往年の名優の美しさと演技が光ります。半世紀経ったいまも古くて新しいテーマでストーリーは展開します。
当日の来場者の実に熱心な鑑賞の様子を見て、主催者の私達は回を重ねる毎に上映作品を更に検討し市民の皆さんに喜んで貰えるようしたいと考えています。
○早慶戦
恒例の早慶戦の観戦は、春期は5月27日(土)、秋期は10月28日(土)に実施します。
5月27日の案内は5月のポストマンにて行います。
[部会報告]
○ゴルフ部会
4月15日(土)玉村ゴルフ場 7:21スタート
〒370−1124 群馬県佐波郡玉村町角淵5006
Tel 0270−65−5580
プレー代 約12500円(キャディ付、税込み、除く昼食代)
他に賞品代2000円、表彰式・懇親会費3000円 計5000円
表彰式、懇親会は東久留米に戻って午後6時より鮮乃庄東久留米店で行う。
参加希望者は自動車同乗希望の有無を含めて太田晴之助(64−0192)、または
伊藤毅(71−7114)まで。 (別添案内チラシあり)
部会だより
女性サークル
2月13日、本町のフレンチレストラン「いし山」でランチをいただきながら今年度最後の例会を開
催した。今後「女性サークル」を存続するか否かというのが今回のメインテーマで。女性会員が十数名いても参加者はいつも半数足らず。その中で毎年2名の世話役を決めなければならない。しょっちゅう役が回ってくることに皆が重荷に感じるようになってきた。それと、当稲門会発足当初と比べ、部会の数や行事が増え、「今さら女性サークルなんて」という意見が過半数を占めるようになった。今年なんか、この会があるためにどこかに行かなければならないということで、しぶしぶ行事をやったこともある。
今回はわずか5名の参加者の中で、いろんな意見が飛び交ったが、とりあえずもう一年続けることになり、菱山さんが来年度の世話役を快く引き受けて下さった。
来年度は、今までと趣の変わった楽しい行事を企画し、男性会員の皆様もお誘いしようということになった
(河村洋子記)
囲碁部会
毎年この時期は、当部会にとって端境期に当たり、特記する事項はあまりありませんが、今回は本来ならば前号にて紹介すべきイベントを一つお知らせします。
それは、オール早稲田と慶応囲碁会の対抗戦が昨年12月3日(土)に日本棋院市ヶ谷本院2階大ホールで行われたことです。 各校、OB40人、現役10人が参加し熱戦を繰り広げました。
当部会からも選手1名を派遣、結果は現役陣の活躍もあり、早稲田が優勝しました。
今年は、東久留米地区内、或いは三地区(西東京、東村山、東久留米)内での早慶戦実現に注力したいと思っています。
(辰巳徳蔵記)
俳句部会
俳句部会
1月29日(日) 第71回句会 中央図書館
兼題 「余寒」、当季雑詠
席題 「節分」
高得点3点以上
客去りし法事の席の余寒かな 三田 三(畔巣)
節分や顔に余りし鬼の面 桜庭 明
余寒なほ犬の遠吠え寅の刻 橘 優治
節分や豆に混じりし金平糖 大久保泰司
余寒なほ猫と対座し酒を注ぐ 比護喜一郎
雪とけて色づきし草地蔵笑む 高塩 和己
豆撒きや子は大声の変声期 太田庫之助(千雪)
ぬくもりやしばししばしの余寒かな 高塩 和己
〈会員リレーエッセイ〉 〜噴水広場〜
早稲田の杜と私、そして戦争と私(下)
鈴木文雄(17高工、建築)
我等3名が目的地のブーゲンビル島行きが遅れて5月20日輸送船玉鉾丸に漸く乗船する。25日ジャバ島ジャカルタに入港、駐屯部隊上官に上陸申請を済ませ次便は、スラバヤからと変更を知らされる。鉄道で息つく暇無くスラバヤに5月31日到着、ブーゲンビル島行の便は輸送船二艘の船団で、妙義山丸、米山丸の中型貨客船と決まり我等は、妙義山丸に便乗する。6月8日早朝スラバヤ港を出てマカッサル海峡に夕刻入った時、突如米山丸がどーんと、大音響と共に真っ赤な火柱を揚げながらセレベス海に沈没したのを目撃した。船中は大パニックとなる船員、便乗中の軍人、軍属一同が右往、左往と動きが激しくなる間もなく緊急ブザーは、鳴り続ける。我等3名は初めて敵、潜水艦の魚雷攻撃と知り戦争体験を実感し何も手付かず、上甲板でうずくまるのみである。何時しか一夜は開け6月9日、ボルネオ島北部のタラカン島の小島に避難寄港していたのであった。朝食を船内食堂で取りながら船長より昨夜の悪夢の事実に付いて、詳しい説明を受けたら一層と驚いたことであった。食後まもなくタラカンを出航するその後セレベス海を無事航海を終わり6月13日、パラオ港に入港する間もない頃、ブーゲンビル島沖海戦が発生して、我が海軍の山本五十六閣下が戦死されたニュースを後で知り、同方面船舶航行は中断となる。よって約1.5ヶ月の長期滞在となる。
7月31日、漸くパラオを出航する目的地であるニューブリテン島、ラバウルに無事入港駐屯部隊の上官に、到着の申告を済ませ第十七軍司令部(司令官は百武晴吉閣下)隷下第二十六野戦貨物廠が我等3名の待望原隊と知り、安堵と落ち着きが戻ったのであった。我等の赴任で部隊幹部将校数名と我等3名が緊急会議を行い、新部隊の編成を上官の命によって結成したのである。新部隊名を第二十六野戦貨物廠製材班と命名発表したのである。編成内容は幹部として、部隊長は3名の責任者、陸軍建技中尉岡田哲男、製材部主任陸軍技手高橋達雄、経理部主任陸軍技手小生、に決定上官に就任申告を済ませ、待機中の部下との会見を直ちに行った。我が部隊の任務は現地のジャングルを開墾、繁茂する木材(ラワン材、ブナ材その他)を伐採、運搬、製材加工して各部隊の建築資材として支給する目的の任務を以て現地に赴任する。尚部下の内容を参考として記す。先ず伐採、製材は内地より専門職を徴用雇員として10名、運搬要員は陸軍工兵下士官、兵7名、各部門の支援として台湾の高砂族で高砂儀勇隊(17歳−20歳)の若者20名が総員である。
9月7日、軍の指示による船舶により我が部隊は人員、資器材、食料、その他積載してラバウル出港
10日、ブーゲンビル島、エレベンタに到着したのである。海岸は遠浅で船は沖合に停泊させて、ピストン動作で海軍の小型舟艇で荷物の陸揚げ作業を終了、ジャングル地帯を開墾、整地しつつ適当な場所を選定、宿舎、作業所、倉庫等設営に20日で完成を見たのである。9月20日、愈々作業開始と決定し在駐部隊に連絡を流した。各部隊より注文、請求が殺到し整理に困窮し、程ほどに受け付けることにしたのであった。又現地人親子(カナカ族皮膚は真っ黒)等は珍しいのかパパイヤ、タロー芋等持参、製品と物々交換を楽しみに度々我が部隊に来るようになったのも、束の間ブーゲンビル島の東ソロモン群島、ガダルカナル島が玉砕となり敵機の空襲が頻繁と続くようになった。
昭和19年も新春を祝う事無く我が島は、一孤島の寂しいブーゲンビル島に変わったのである。内地からの補給は皆無、ラバウルからの補給も皆無、我が航空機の姿も皆無であった。2月、3月とブーゲンビル島は静かになって、食糧不足が極端になって各、部隊は自活を強いられて、ジャングルを開墾し畑、或いは農園の設営に全力を注いだのであった。時既に我が日本軍の戦況は思わしくない状況、敗戦に次ぐ敗戦で昭和20年8月15日、遂に日本軍は全線で無条件降伏をしたのであった。我がブーゲンビル島の部隊もオーストラリア軍の上陸後、全部隊武装解除となり、階級は取られ捕虜となって西部のフツアル島に集結されて、数箇所に分散されて捕虜生活に入ったのであった。昭和21年2月19日に我等軍属のみ分散して、日本の神奈川県浦賀港に待ちに待った内地上陸したのであった。復員局の認可で復員証明を受領し、漸く自由の身となり一民間人として復員完了した。時、昭和21年2月20日我が人生の第二の出発日で一生忘れることは、出来ない日だ。
茲に戦争と私の記録の一部を抜粋した分を記した次第である。以上で筆を止める次第。
平成18年2月19日記
東稲広報室
東久留米稲門会資料の一元管理
昨年、拡散している当稲門会資料を一元管理することになり、協力を呼びかけたところ安宅初代会長、
高橋前会長から多くの貴重な資料が提供された。年末に竹山さん所持のスペースをお借りし運び込んだ。
今後も資料の提供を働きかけると共に、作業部会を立ち上げこれらを整理することになった。
会員だより
吉田利宏さんが、「食べても平気?BSEと食品表示」(集英社新書)を昨年の12月に刊行した。
米国産牛肉の輸入再開と再度の停止でBSE問題が世の中を騒がせている今、日本の食品表示がど
ように作られているのかを知るには格好の書物。定価は680円+消費税。著書に「新食品表示制度
改正JAS法〜」(一橋出版)、「法律を読む技術・学ぶ技術」(ダイヤモンド社)など多数ある。
鮎貝盛和さんが、東久留米コムネット発行の「くるめの眼」第9号に、東久留米自主防災研究会の中心メンバ−の一人として、同会が企画・運営する「防災まちづくり学校」の運営に携わって活躍している模様が掲載された。
原稿募集
東稲ニュースでは、会員の皆様の原稿を募集しています。
内容は、エッセイの外、絵画、写真、陶磁器・人形等の創作、詩、短歌、俳句等、本誌上で発表でき
るものなら何でも結構です。また、最近読んで感銘を受けた本の感想、得意料理のレシピ等もお寄せ頂きたいと思っています。 東稲ニュースに掲載したい方は東稲ニュース第26号に編集委員の氏名が掲載されていますので、その内の誰にでも結構ですのでご連絡下さい。
(編集後記)○暖冬という長期予報に反して、この冬は大変寒い冬となりました。そのためか、梅の開花も遅れたようで、今頃になって早咲きの梅が咲き出しました。この東稲ニュースが皆様のお手元に届く頃には、あちこちで梅が満開になっていることと思います。○先日、ウォーキングの会で向島百花園から浅草観音まで歩きました。大変暖かく春を感じる日でした。向島百花園、白髭神社、隅田川、待乳山聖天、浅草観音、最後は神谷バーのデンキブランと大変楽しい一日でした。"江戸情緒巡る下町春浅し"○春の声を聞くと心浮き立つと同時に憂鬱になることがあります。最近では花粉症は国民病といえるくらいに患者の数は増え続けていますが、一方では飲み薬、体質改善の外、いろいろな花粉症グッズが出ています。かく言う編集子も強度の花粉症ですが、花粉症の皆さん、知恵と努力で魔の3月、4月を乗り切りましょう。
○今回、東稲ニュースに掲載する原稿の募集をしました。以前からなるべく多くの会員の皆様に書いて頂くよう努めてきましたが、編集委員会でより多くの会員の声を反映しようということで、今回の募集になりました。東稲ニュースをより身近に感じて頂くためにも会員の皆様から多種多様の原稿が出てくることを期待しています。(井坂)
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