第57回ウォーキング:明治神宮、新宿御苑、神宮外苑(豪華な菊花展と銀杏並木)

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日時:11月14日(月)参加者13名(男7、女6)
東京のど真ん中で、異次元を錯覚させる森林、庭園を散策し、併せて折から開催中の菊花展を堪能した。
歩き始めの地、原宿駅から山の手線を跨ぐと鳥居があり、そこからの南参道は、これが大都会東京かと思わせてくれる森閑とした境内が始まる。明治神宮は、初詣で日本一の参拝者数を集めることで知られているが、明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、鬱蒼と茂った緑滴る常盤の森は、大正9年11月の明治神宮鎮座にあたり全国から献木されたおよそ10万本を植栽した人工林であり、面積約70万㎡という。自然の懐に取り込まれて行く気持ちに浸りながら参道を進み大鳥居を曲がると、正参道両側に、様々な形に仕立てられ丹精された、数々の品種の菊の花が展示されていた。午後の新宿御苑の菊花展の前座と言っては失礼ながら、足を止め、花を愛でて、社殿を参拝した。ところで、社殿前の広場にいる多くの人達が半数以上は外国人であったことには驚いた。彼らにもこの森の雰囲気を分かってもらえるのだろうか、我々がバチカンやノートルダム大聖堂を訪れた時と同じようなものか、観光とは言え何かいぶかしさを禁じ得なかった。
神社本庁を過ぎ、北参道入口から出て、裏小路を巡り新宿御苑千駄ヶ谷門へと歩みを進める。江戸時代には信濃高遠藩内藤家の下屋敷であったという、日本庭園、イギリス風景式庭園、フランス式整形庭園からなる周囲3.5㎞の広大な庭園には、樹木の数は1万本を超えるという。新宿という都会の喧騒の中のオアシスに一息ついて、持参の弁当を開いたが、御苑の規則によりアルコール禁止というのが残念であった。
皇室伝統の技法を受け継ぐ新宿御苑菊花壇展が明日で終了という日に、日本庭園を巡りながら各所に設けられた花壇をじっくりと鑑賞した。色とりどりに数多の品種を揃えて、一本仕立て、三本仕立てに始まる様々に仕立てられた菊花には、素晴らしいという以外の形容を思い付かなかった。特に全面の花が一斉に咲く懸崖、1本の茎から仕立てる千輪作りには、どのようにして作るのだろうかという育てる人の苦心も想像しつつ、日本の秋を彩る代表的風物詩を満喫した。
「菊作り 汝は菊の 奴かな」(与謝蕪村)   「生き返る われ嬉しさよ 菊の秋」(夏目漱石) 
「色かはる 秋の菊をばひととせに ふたたびにほふ 花とこそ見れ」(よみ人しらず 古今和歌集)
菊の後は、イギリス庭園を散策しながらフランス庭園に向かい、花色が春より深みを増し香りが良いという秋バラの咲く庭を訪ねた。それも良かったが、フランス庭園の両側にある鈴懸(プラタナス)の並木の紅葉(こうよう)に心奪われた。遠近法でどこまでも続く画面一杯で迫る紅葉(こうよう)に、紅葉(もみじ)のそれとは異なるフランス印象派の絵画に入り込んだような感覚に暫し酔い痴れていた中で、一世代昔の鈴木章治が奏でるスイングジャズのクラリネットが頭の中に響いていた。
千駄ヶ谷駅を過ぎて、かっての国立競技場が平地になった脇を通り、神宮外苑を散策しながら銀杏並木を経て帰路の青山一丁目駅を目指した。銀杏並木の紅葉(黄葉?)は始まったばかりというところで、残念ながら並木道全体が落ち葉の絨毯を含めて黄色に染まるという状況に浸ることは出来なかったが、その雰囲気を多少なりと想像する程度には黄色く染まっている並木を辿って帰路についた。
東久留米に戻り、例によって打ち上げに興じたが、「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」(若山牧水)というのも良かった、と翌朝思った。          ウォーキング部会長 東海俊孝記

明治神宮社殿前_補正

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御苑菊花壇展の前で_補正

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東稲ニュース№92 アップしました

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東稲ニュース92号

I・R・S(いろいろスポーツ)活動予定

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12月・1月の I・R・S(いろいろスポーツ)活動予定です。

※予定していた12月9日(金)は会場都合により12月16日(金)に
 変更となりました。

活動予定日:12月16日(金)、1月13日(金)、1月27日(金)

活動場所:東久留米スポーツセンター
     東久留米市大門町2-14-37 ℡042-470-7900

種 目:バドミントン

集合時間:午前10時45分(時間厳守)
   <プレー時間は11時~13時>

準備するもの:運動できる服装、体育館履き

費 用: 160円

※参加希望の場合は、必ず世話人渡辺までご連絡をお願いいたします。
 渡辺真司 ℡:042-478-6023  e-mail:massy1946710@yahoo.co.jp

東稲ニュース№91 アップしました

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東稲ニュース91号

ウォーキング部会報告(第56回)高麗の巾着田

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活動報告
ウォーキング部会(第56回)
高麗の巾着田を散策 “五百万本の曼珠沙華に染まる”
当初予定の9月23日(金)は、1週間前までの天気予報は良かったのですが、期近になるに従って秋雨前線の居残りが続き、前日での予報は午前中曇りで午後から雨となりました。どうしようかと思案を重ねた結果、前回の御岳渓谷のウォーキングでは延期したことにより参加予定者が大幅減少となったことも考え、今回は歩く距離も少ないので午前中だけでも雨が降らなければ何とかなると判断し、また延期の場合は日曜日となることから予想される大混雑は避けたいとの思惑も持ちながら、当日を迎えました。集合時間では予報通り雨は降っておらず、実行致しました。それでも、雨予報から中止に違いないと判断した方がいらっしゃったようで、参加者が7名に留まったのは残念でした。
高麗駅に着いて、先ず途中にある高麗郷古民家を見学し、土地の庄屋の豪壮な総二階の建物と付属の幾棟かの蔵のスケールに度肝を抜かれたあと、巾着田入口にある高麗郷民俗資料館を見学しました。この2つの場所で、この地方が「高麗こま」と呼ばれる由来、古代朝鮮半島の高句麗という彼方からの渡来人が住みつき、爾来1300年を経た歴史を興味深く学びました。また、東久留米のお隣の新座の名が、新羅に由来することを知りました。
そうしている内に残念なことに雨が予報より早くやってきました。しかし、5百万本という曼珠沙華に覆われた、辺り一帯を壮観とも言える紅色(真っ赤と言ってもよい)に塗りこめた情景には些かな影響もなく、それを観る者達を深紅の中に包含してくれていました。正に紅色の圧巻に浸っていました。
高麗川が巾着のような形状で流れている場所も不思議な造形ですが、この場所に曼珠沙華の群落が出来た理由も興味をそそわれました。球根植物であるが故に種で増える植物のように辺り一面に種を振りまいて自然に形成したものではなく、最初は多少の花が咲いていて、次第にそこに人の手が加わって増えてきたのが正解であろうという単純な答えに行き着きました。曼珠沙華という、仏教で説く天上に咲き見る者の心を柔軟にすると言われる花は、一方、根に毒を持つことから、川の堤に植えることにより野ネズミによる害を防いだということも言われているようです。
深紅の群落の横手の広場には、飲食物を売る沢山の店が出ており、その脇に沿って架設されていた行楽客用のテントの中に、運良く参加者全員が囲むことの出来るテーブルと椅子を確保することが出来ました。これは、予報より早く訪れた雨の下では大助かりでした。早速、途中で仕入れて行ったビールで乾杯となり、わいわいがやがやの昼食となりました。
帰路の途中に期待していたコスモスの原は、今年の台風でなぎ倒されたとかで、観る影もない有様であったのはガッカリでした。帰路にかかる頃には雨も上がり、予報より早かった雨の訪れが恨めしく思えました。
恒例により、東久留米に着いて、希望者による打ち上げで締めました。
記:ウォーキング部会長 東海俊孝 

IMG_0282 食事のテント

IMG_0288 花畑

IMG_0278 経路にて

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IMG_0286 花畑