東稲ニュース№94 アップしました

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東稲ニュース94号

第59回ウォーキング 散策・山歩きの会合同 日和田山&巾着田(桜の花見) 

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   ウォーキング(第59回)   散策・山歩きの会合同開催

日和田山ハイキング、巾着田に下りて花見(桜・菜の花を愛でる)
   
日時:4月5日(水)     
   集合: 9 : 10 a.m. 東久留米駅改札口 ☆途中参加の方は事前に連絡を!  
      東久留米 9:19発準急飯能行 → 所沢9:30発 → 飯能乗換10:02発 → 高麗10:08着
(ひばりヶ丘9:17発)  *前方の車両に乗車予定

歩行距離:高麗駅から1㎞程度で日和田山(海抜305m)登山口に到着
登山(高低差200m以下の軽いハイキング)の後、同じ登山口へ下り、
直ぐに巾着田に着く。桜と菜の花を巡り自由散策。
*昼食は、日和田山山頂or巾着田
★地面に敷くブルーシートがあれば、ご持参下さい。

昼食の手当てが出来る所:日和田山までは、高麗駅から出て途中にコンビニ1店。
            下山後、巾着田付近にセブンイレブンがある。     
費用: 参加費100円、現地で乾杯の場合は追加徴収
その他負担:交通費(370円×2=740円)、食事代等

連絡先:東海俊孝 電話473 – 8566  e-mail toshi-tokai@kvj.biglobe.ne.jp
別処尚志 電話475 – 1710  e-mail t_bessyo@jcom.zaq.ne.jp

今後の予定: 未定 (希望があればお寄せ下さい)
以上

高麗(こま)の歴史:高句(こうく)麗(り)は紀元前37年頃から約700年間、中国東北部から朝鮮半島北部にかけて栄えた。
その間の長い時間に多くの高句麗人が日本各地に渡来した。続日本紀によれば、716年、
大和朝廷は関東一円に住んでいた1799人の高麗人(こまひと)を集め、武蔵国に高麗郡(こまぐん)を設置、
高句麗王族の高麗(こまの)王(こきし)若光(じゃっこう)を初代郡司とした。爾来、明治29年に入間郡に編入される迄、
高麗郡は1200年間続いた。

                      

東稲ニュース№93 アップしました

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東稲ニュース93号

第58回ウォーキング 越生(おごせ)梅林

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日時:2月27日(月)   
     *この案内は、下見以前に発行の為、変更があり得ます。その場合は別途連絡します。
    **事前に参加の連絡をして戴けると、変更連絡に当たり助かります。 

   集合: 9 : 00 a.m. 東久留米駅改札口 ☆途中参加の方は事前に連絡を!  
      
       東久留米 9:07発 → 所沢9:16着,9:21発(西武新宿線)→ 本川越9:42着 → 徒歩→
       川越市10:03発(東武東上線)→ 坂戸10:13着,10:27発(東武越生線)→ 越生:10:49着
         or 9:57 10:07着,10:11発 10:34着
   
    Option 1: 越生梅林まで徒歩3.8㎞ 約1時間
 Option 2: 越生駅から黒山行のバス(11:00発)で越生梅林入口下車 200円
 
歩行距離:「歩くことはどうも苦手という方」はOption 2をご利用ください。
     徒歩では、短い距離をゆっくり歩きます。

昼食の用意:梅林に出店等がありますが、事前にご用意されるのが無難です。     

費用: 参加費100円
その他負担:交通費(往700円 X 2 = 1,400円)、越生梅林入場料200円、食事代等
      *昼食時に乾杯をする場合、臨時徴収(2~300円)があるかもしれません。

連絡先:東海俊孝 電話473 – 8566  e-mail toshi-tokai@kvj.biglobe.ne.jp
別処尚志 電話475 – 1710  e-mail t_bessyo@jcom.zaq.ne.jp
●e-mailを使える方は、e-mailでお知らせ下さい。

今後の予定: 4月5日(水)高麗駅から日和田山(海抜305m)へ軽度な負荷のハイキング。頂上から巾着田を見下ろす。下山すると巾着田であり、桜、菜の花の花見をする。
以上

第57回ウォーキング:明治神宮、新宿御苑、神宮外苑(豪華な菊花展と銀杏並木)

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日時:11月14日(月)参加者13名(男7、女6)
東京のど真ん中で、異次元を錯覚させる森林、庭園を散策し、併せて折から開催中の菊花展を堪能した。
歩き始めの地、原宿駅から山の手線を跨ぐと鳥居があり、そこからの南参道は、これが大都会東京かと思わせてくれる森閑とした境内が始まる。明治神宮は、初詣で日本一の参拝者数を集めることで知られているが、明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、鬱蒼と茂った緑滴る常盤の森は、大正9年11月の明治神宮鎮座にあたり全国から献木されたおよそ10万本を植栽した人工林であり、面積約70万㎡という。自然の懐に取り込まれて行く気持ちに浸りながら参道を進み大鳥居を曲がると、正参道両側に、様々な形に仕立てられ丹精された、数々の品種の菊の花が展示されていた。午後の新宿御苑の菊花展の前座と言っては失礼ながら、足を止め、花を愛でて、社殿を参拝した。ところで、社殿前の広場にいる多くの人達が半数以上は外国人であったことには驚いた。彼らにもこの森の雰囲気を分かってもらえるのだろうか、我々がバチカンやノートルダム大聖堂を訪れた時と同じようなものか、観光とは言え何かいぶかしさを禁じ得なかった。
神社本庁を過ぎ、北参道入口から出て、裏小路を巡り新宿御苑千駄ヶ谷門へと歩みを進める。江戸時代には信濃高遠藩内藤家の下屋敷であったという、日本庭園、イギリス風景式庭園、フランス式整形庭園からなる周囲3.5㎞の広大な庭園には、樹木の数は1万本を超えるという。新宿という都会の喧騒の中のオアシスに一息ついて、持参の弁当を開いたが、御苑の規則によりアルコール禁止というのが残念であった。
皇室伝統の技法を受け継ぐ新宿御苑菊花壇展が明日で終了という日に、日本庭園を巡りながら各所に設けられた花壇をじっくりと鑑賞した。色とりどりに数多の品種を揃えて、一本仕立て、三本仕立てに始まる様々に仕立てられた菊花には、素晴らしいという以外の形容を思い付かなかった。特に全面の花が一斉に咲く懸崖、1本の茎から仕立てる千輪作りには、どのようにして作るのだろうかという育てる人の苦心も想像しつつ、日本の秋を彩る代表的風物詩を満喫した。
「菊作り 汝は菊の 奴かな」(与謝蕪村)   「生き返る われ嬉しさよ 菊の秋」(夏目漱石) 
「色かはる 秋の菊をばひととせに ふたたびにほふ 花とこそ見れ」(よみ人しらず 古今和歌集)
菊の後は、イギリス庭園を散策しながらフランス庭園に向かい、花色が春より深みを増し香りが良いという秋バラの咲く庭を訪ねた。それも良かったが、フランス庭園の両側にある鈴懸(プラタナス)の並木の紅葉(こうよう)に心奪われた。遠近法でどこまでも続く画面一杯で迫る紅葉(こうよう)に、紅葉(もみじ)のそれとは異なるフランス印象派の絵画に入り込んだような感覚に暫し酔い痴れていた中で、一世代昔の鈴木章治が奏でるスイングジャズのクラリネットが頭の中に響いていた。
千駄ヶ谷駅を過ぎて、かっての国立競技場が平地になった脇を通り、神宮外苑を散策しながら銀杏並木を経て帰路の青山一丁目駅を目指した。銀杏並木の紅葉(黄葉?)は始まったばかりというところで、残念ながら並木道全体が落ち葉の絨毯を含めて黄色に染まるという状況に浸ることは出来なかったが、その雰囲気を多少なりと想像する程度には黄色く染まっている並木を辿って帰路についた。
東久留米に戻り、例によって打ち上げに興じたが、「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」(若山牧水)というのも良かった、と翌朝思った。          ウォーキング部会長 東海俊孝記

明治神宮社殿前_補正

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御苑菊花壇展の前で_補正

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