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文化講演会要旨
於:平成18年4月9日東久留米稲門会定時総会


      

   講師 伊佐 九三四郎(昭31年・文)

 歴史と風土に根ざした人間の生活を求めて辺境の地をよく歩く。雄大な風景やピークハントもさることながら、厳しい自然の中3〜4千米の高地に暮らす人々は、確かにモノに乏しい。しかし目は輝き生き生きしている。背広にネクタイの文化圏の人達は、彼等が歴史的に遅れた段階にいるのだから、モノカネを援助しさえすればいいと勘違いしがちだが、これは大きな間違いだ。辺境の人々もハイテク等に負けない人間の叡智をもって独自の文明文化を築いてきたものなのである。これらの地には、かつて日本にあったもの、失いつつあるもの、無くなってしまったものなどがあってハッとさせられる。まず家庭、家族が機能していること。父母老人の存在感があって子供を可愛がると同時に叱る。子供達がよく仕事をする。子供同士で上が下の面倒をよくみる。モノを大切にし乏しい中で分かち合う心をもっている。互いに肩寄せ合い助け合って生きていることなど。「国民所得が伸びればのびるほど、人は個人主義への方向に走る」という。戦後の日本はみごとに復興を果たしたものの「モノ、カネ」追求のあまり大きな忘れ物落とし物をしてきたのではないか、と歩く度に考えさせられる。


     *人と自然との共生が求められる時代*  

コスタリカは中米の中で最も白人が多く最も治安がいい楽園。四国と九州を合わせたくらいの領土に240万人が暮らす国だが、私は「小さな大国」と呼んでいる。戦後の中米紛争の中でいち早く軍隊を捨て、国家予算の4分の1を教育費にあてているので、96%以上という中南米一の識字率を持つ。教育水準が高くITや医療関係の水準も高いが、小学校から選挙等国政顔負けの市民教育を行っている。一方国土の4分の1を自然保護区や国立公園に指定。世界的なレベルで貴重な鳥類、植物などを鑑賞させるエコツーリズムの先進国として観光面でも黒字を出している。農業経済中心で決して豊かではないが、貧富の差がないのが目立つ。軍事的には米国の傘下にあるが、イラクに警察隊を派遣しないなど、一本調子でない外交を展開している。美人の女性通訳ゴンザレスさんの元夫は、我が早稲田大学出身のエリートで所沢に住み東久留米も知っていた由でビックリするひと幕もあった。南米ベネズェラのギアナ高地は数少ない世界の秘境だった。百余りのテーブルマウンテンの一つアウヤンテプイに登りヘリアンホラという食虫植物やパイナップルの原種やランを大湿原に訪ね、世界最長の滝エンゼルフォールを間近に見る小探検。インディオと白人の混血ポーターは非常に優秀で、コスタリカのように教育水準が高ければ国のレベルも上がるだろうと感じる。石油で豊なはずだが貧富の差が目につく国であった。黒海とカスピ海の間に連なる長大なコーカサス山脈の南麓のアゼルバイジャン、グルジア、アルメニアの3国を訪ねた。大国ソ連の没落で独立した国々だが、その後に興味ひかれた。独立したものの、市場経済突入の影響は大きいようだったが、昔からペルシャ、モンゴル、ロシアなど大国の侵攻が繰り返される中で逞しく生き抜いてきた国の人々は、民族の誇りとアルメニア正教やイスラム教等の強固な信仰心を捨てずに淡々と暮らしているのが印象に残る。21世紀は民族と宗教の対立の時代だが、よくいわれる自然保護−自然との共生以上に「人と人との共生」が求められる時代だ。自国の意見は100%押し付けるが、他国のいうことは聞かない大国の責任は重い。最近読んだベストセラー、藤原正彦氏の「国家の品格」の中の「諸外国から尊敬され、一目置かれる国家とは経済大国でも軍事大国でもなく品格をもった国である」という言葉をあげて締めくくりとしたい。


東久留米稲門会小史散歩
(その一)   草創期

 稲門会設立要領に基づいて、東久留米稲門会が発足したのが平成7年4月16日。全国576番目、都下33番目の旗揚げであった。安宅武一、池田治夫、井坂宏、上野烈、榎本隆司、太田晴之助、川上f一、木村勇、国米家己三、坂本信太郎、杉本達夫、高橋勤、中村雄三、比護喜一郎、帆角信美、宮内安信、宮崎実、森本博文、山岡恭子、山上正人(五十音順)の20名の各氏が発起人となり、各人(除女性)2万円也の設立準備金を出し合って、東久留米に在住する860名(当時)の校友に参加を呼びかけ設立総会に漕ぎ着けた。設立初年度の会員数は108名、設立総会には、稲葉三千夫東久留米市長
、早大小山宙丸前総長、中島宏校友会代表幹事(いずれも当時)、小平/田無/保谷の近隣三市稲門会代表の臨席の下、会員約80名が出席し、誕生を祝った。祝辞で、小山前総長は、空襲でしばしば中断しながら若き血を注いだ早大生時代の東久留米での勤労奉仕の体験を感慨深げに披露され、その縁の地に稲門会が誕生したことをことのほか喜ばれた。稲葉市長は当会創立を記念して当会より市に寄贈した記念樹を新設の市内公園に植樹することを約束され、当稲門会の発展と共に健やかに大きく育っていくことを望まれた。


自己啓発・趣味悠の多彩なクラブ活動


囲碁部会
 当囲碁部会は囲碁愛好家の集まりです。東久留米稲門会発足とほぼ軌を一にして設立され、諸部活動のなかでは最も歴史のある部会の一つだと自負しています。部員は現在20名弱(内女性一名)、棋力は最高九段格から初心者まで幅広く分布しています。部員のなかには、日本棋院普及指導員もおり、初心者の指導には特に力を入れています。対外的には、毎年5・6月頃開催される「オープン早稲田囲碁祭」(参加者200名を超える団体戦)に参加、着実に成果をあげています。また、OBに現役学生を含めた早稲田最高レベルの碁会「稲穂会」(個人戦)にも選手を派遣、昨年は現役学生と優勝を争い、惜敗しましたけど大いに存在感を示しました。対内的には、毎月第4日曜日の午後、成美教育文化会館に集まって対局し、棋力の向上に努めております。また毎年11月頃、合宿して囲碁大会を開催、その土地の代表料理、酒を楽しみ、寛いだ一夜を過ごしています。近隣稲門会との親善対局も定期的に行っています。同地区内での早慶戦などこれから進めていきたい企画です。
(辰己 徳蔵)



俳句部会
 昨年12月をもって創部以来悠々70回目の句会を達成しました。年10回(内2回は吟行)の句会開催で、毎回15人前後の参加をみ、各々三句(兼題、当季雑詠、席題各一句)投句し、四句を選句している。当日参加できない場合は、投句もありで、毎回5〜6名が紙上参加。順調な足取りで推移しています。初心の方の入会大歓迎。
(橘 正治―雅契)


(謹告 橘 正治さんは、本稿寄稿後平成18年4月15日逝去されました。本稿は同氏の遺稿です。 後任の部長には太田蔵之助さんが就任されました。)


書道部会
 書道部会が発足して9年が過ぎました。発足当時は単に“和敬寛楽”、書に興味を持つ同窓の友が心を和らげ、共に寛ぎ楽しむ会としてスタートしました。当初は、不慣れな書に馴染んで行くことが出来るのかな、書らしくなるのかな、浅学非才の私の指導でよいのかな・・・など等、杞憂しましたが、部員一同が真摯な態度で毎月一回の練習に励み、夏には合宿練成会を重ねて、お互いに切磋琢磨しながら、自己研鑽したことが功を奏し、過去三回に亘って作品展を一堂に展開するまでになりました。また昨年、一昨年は市民展にも出品するほどの躍進でした。中でも、昨年11月25〜27日の3日間に亘っての成美教育文化会館での作品展には70数点に及ぶ“力作”が燦々と輝き、300数名の来場者からは異口同音に“前回、前々回よりも随分良くなりましたね、素晴らしいです”とのお世辞も頂きました。来年は書道部会発足10年目を迎えます。10周年を記念して大展覧会?をと思っています。書は「書を校するには塵を払うが如し」の格言の通り塵を払っても、払っても尽くせないように、書いても書いても完全無欠な書を期することは至難であります。しかし、作品展を重ねるごとに、恥をかきながらも、自分の殻を突き破り、次こそは更に良い作品をと自分の心を奮い立たせながら練習に励んでいきたく思っています。併せて、実用書道「季節の挨拶(暑中見舞い状、年賀状等)、自分の名前、住所」等にも取り組んで行く所存です。
(武藤 豊)


女性サークル

女性サークルでは、これまで女性の親睦を深めるための美術館・博物館・工場見学、音楽鑑賞、近郊散策、また季節の花々の観賞歩きなど年2回の催行と6回の例会を行ってきました。昨年6月には鳩山会館を訪ねました。かつての日本の政治の舞台となった邸内をくまなく見学し、往時を偲ばせる展示品に目を見張り、日本の戦後政治の原点をみる思いがしました。10月には世界的植物学者・牧野富太郎邸・牧野記念庭園を訪ねました。「花ありてこそ吾もあり」と詠んだ博士の発見した数千種の珍しい植物に心を打たれました。奥様の名前をつけた植物もありました。人は死しても植物は永遠に美しい花を咲かせ訪れる人を豊にしてくれます。今年も良い企画をたてて、一人でも多くの参加がいただけるよう望んでいます。
(棚野 愛子)


散策山歩きの会  

 昨年11月20日川上さんの引率の元、紅葉の高尾山へ総勢17名で参りました。頂上でのおいしい弁当と澄んだ空気とで満腹致しました。毎年、5月と11月の2回を予定しております。今年の5月は20日(土)に新緑の奥多摩、鳩の巣渓谷を企画いたしましが、雨天で中止の憂き目を見ました。後日改めて実現したく思っています。
(安次峰 暁)


カラオケを楽しむ集い

 この会を帆角さんから引き継いで3年たちました。一昨年は3回、昨年は2回開催いたしました。参加メンバーもほぼ固定していますので今度は、新しい方のご参加をお待ちしております。佐々病院の平塚院長の著書には、歌うこともボケ防止対策の一つだと書いてあります。楽しみ飲み食べながら歌ってボケを防止し、ストレスの解消をしましょう。
(河村 洋子)


郷土研究会

 東久留米市に先立つ久留米村は、明治22年に神奈川県北多摩郡から、現在の東京都に編入されたものですが、郷土研究会ではこれまで市内を歩いて歴史や文化を学んできました。東久留米七福神を巡って市内5つのお寺を通して歴史や文化の変遷を学び、なかでも住職さんの「座禅の法話」には深い感銘をうけました。また東久留米市の特色である水源地をたずねて、「水と緑」の関係についての解説の中から景観を残す意義・必要性を感じました。武蔵野の面影をのこす柳窪の旧家についても、主人より丁寧な解説をいただき、現在までの民家を通した時代の趨勢について理解を深めました。一方講演会を通じて地元の郷土研究会の人から郷土民俗行事「講」について講演をいただき、昔の郷土の生活・暮らしの一面が理解できました。本来、郷土研究会としては、遺跡調査や寺社・塚等の調査をグループ単位で研究し、講演会や東稲ニュース等で発表したいものですが、それは先々のこととして現状では「郷土の紹介」だけに終始しており、当面はこれでよいと思っております。長期的研究テーマはそのなかから見つかると思っております。現在考えております企画は、@郷土について東久留米市だけに限定せず近隣まで広めることA「水と緑」について掘り下げていくことB郷土東久留米市「まちおこし」について、広く意見を求めていくことで対応したいと思っております。
(高橋 哲男)


太極拳部会

 近年、老若問わず健康.美容に関心が高まり、マスコミ・メディアで数多くの健康法が放映.報道されている。太極拳もその中の一つであるが、「健康に良い理由」の記述があつた。(1)一番の特徴は静脈・リンパ系の流れを改善し、循環器系の機能を引き出すメカニズムが隠されている。(2)他のスポーツと違い心拍数上昇が伴わず、逆に心拍数を下げる効果もあり、その結果運動機能と呼吸機能の直結が呼吸器系に良い影響を与える。心拍数を上昇させない利点は内蔵への血流を抑制せず、更にマッサージ効果があり腰・脚力の筋肉増進と柔軟性が計れる。毎週土曜日午前中約1時間半の稽古だが、太極拳はゆっくりした動作を覚えて体質を改善する目的の運動である。太極拳を愛好し、心身健康の喜びを分かちあう為、今後とも規則正しく長く続け、長寿社会を豊かに生き抜く為、稽古を通して自分自身の太極道を研鑽されればと良いと思います。
(船尾 和三)


ゴルフ部会

 春、秋の年2回定期コンペを行います。 そして東久留米三田会との交流試合も織り込みたく考えています。三田会には連敗続きですが、近く雪辱を果たしたいと思っています。愛好者の日頃の研鑽と精鋭のご参加を期待しています。
(太田 晴之助)




グルメの会

 高級店でなく、手頃な値段で旨いものを供してくれ、そして威張ったりしない、いわば路地裏の隠れた名店といった所を、自分たちの足と舌で探し出して、今までと同じように年2〜3回、一緒に訪ねてみたいと思います。今まで行った店の中から、評判の良かった所、人気の高かった所を選んでアンコール探訪も実施してみたいと思います。皆さんのお奨めする店、行って見たい店などについて、どうか情報、ご意見をお寄せください。
(神田 尚計)


麻雀部会  

 多くの愛好家が集える場所の確保など設営困難な面があって未だ公式に開催し得ていないことは真に遺憾に思っています。鋭意検討していますので今暫しお待ち下さい。
(竹山 信保)




ウォーキングの会

 土屋会長が立案して、過去すばらしいウォーキングを実施してきました。今後も2ヶ月に1回のペースで開催の予定です。6月は皇居の東御苑を歩き、二ノ丸庭園、天守閣跡、大奥跡を通り、北の丸公園から靖国神社へのコースを計画しています。小石川後楽園、旧古川庭園をメインにしたコースも今後の候補地としています。
(久家 政裕)  


地域社会との文化活動

映画鑑賞会

 映画鑑賞会は、東久留米稲門会の基本方針である「東久留米市の発展に寄与する」ことを目的に3年前に開催され、早や12回目を迎えました。回を重ねる度に盛況を来し、今では定員オーバーの立見や入場制限にまで立ち至りました 映画は戦後の荒廃した日本の社会、生活面に教養と娯楽と言う貴重な潤いを提供してきました。現在は豊かさと生活の多様化により映画を劇場で鑑賞する機会は減りましたが、テレビ、ビデオを通じて観る機会は逆に増えているわけです。映画のおもしろさは、作品の背景や人物を自己に投影させる事かも知れません。作品の選択には時代性とノスタルジアを加味しながら最もおいしい要素を取り入れた一流づくしを心掛けています。話題性、娯楽性、芸術性など封切り当時のベストの作品を選びました。今後ともこの映画鑑賞会が市民のみなさまに親しまれ、継続できるよう関係者全員で、待ち望まれる企画として取り組んで行きたいと思います。
(米光 慶二郎)


講演会

 平成13年10月に『東久留米雑学塾』として発足した講演会も平成17年12月で18回を数えるまでになりました。当初は総会月の4月を除く偶数月に開催していましたが、平成16年からは冬休み、夏休み時季の2月、8月を除く6月、10月、12月の開催になりました。また、平成17年6月開催の第16回から『雑学塾』の名称を『講演会』と改めました。講師には各界でご活躍(リタイヤ組も含む)の市内在住の会員・校友をお招きしていましたが、回を重ねるにしたがい、講師招聘の範囲も広げ、広く市民の皆様に親しめる講演会に育てようと努力しています。事務局の人脈だけでは限りがありますので、会員・校友の方々からの自薦・他薦及び講演会の演目として取上げたいもの・取上げてほしいものを心からお待ちしています。今後も、地域社会への文化活動として貢献して行きたいと思っていますので、宜しくご支援の程お願い申し上げます。
(鮎貝 盛和)


地道な広報活動を展開

「東久留米稲門会ホームページ」 http://homepage2.nifty.com/35292/
  ― 当会の情報をいち早く内外に発信 
                          松崎 博        
 2001年11月3日文化の日、東久留米稲門会のホームページ(hp)をインターネットに公開して4年半、訪問者数は1万5千を超えました。そろそろ第二の人生、時間的余裕もできてきたので当稲門会のhp開設を引受けてはみたが自信があったわけではありません。まずは手始めにメールアドレスを持っていれば申請により無料でhpを開設できることを知り、試験的に自分のhpの制作を試みることにしました。(このhpは現在でも使用中)この間約10ヶ月の助走期間があり東久留米稲門会のhpの開設は順調に余裕をもって進めることができ、以降皆さまの協力を得てトラブルの発生も今のところ皆無です。世は正にIT(Information Technology)時代、地球規模で爆発的なスピードで革命が進行しています。インターネット上ではあらゆる関連情報を瞬時に大量に取得でき、また自分の意見や思いを誰でもが発信できるようになりました。シニアーライフを充実したものにするにはもってこいの手段であります。もし見過ごしているとしたら、もったいない話だと思います。


「東稲ニュース」
 ― 会と会員、会員と会員を結ぶ(毎奇数月発行)  
                          井坂 宏
 編集責任者を比護会員から引き継いで、1月に私なりの第1号を発行しました。前任の比護会員が大変力を入れてくれて一定の形が出来上がっていたので、全体構成はあまり大きく変えることはせず、多少分かりやすくした程度に納めております。奇数月の10日に出すことを第一に考え、構成はしばらくこのままで続けようと考えています。「会の告知板」では、大学関係、近隣稲門会関係、東久留米稲門会の動きを的確にお知らせすることによって、それらの動きを知ると共に東久留米稲門会のいろいろな活動に積極的に参加して頂けるようにしたいと考えています。「部会だより」は各部会の楽しい活動の状況を報告して貰い、これを読んでこんな部会だったら入ってみたいという方が出てくることを期待しています。「リレーエッセイ・噴水広場」はなるべく多くの人に書いて頂きたいですし、これからは会員の皆様の写真、絵画、焼き物、詩、俳句など趣味の作品を発表する場も充実していきたいと考えています。いずれにしても東稲ニュースが会員の皆様にとって的確な情報源であると共に、楽しい読み物でありさらに自らの発表の場として益々皆様の身近なものになるよう編集委員一同知恵を出していくつもりです。


「杜の西北」 
 ― 校友に情報を提供する会報(年一回3月発行)
                       比護 喜一郎

 1995年9月、第1号が発行され、以後第10号まで10年の長きにわたり国米さんが編集長の任にあたられ、素晴らしい展開を遂げてきました。11年目の昨年は、神田さんが「創立10周年記念号」を編集されました。この脈々たる伝統誌の継承には非力感を禁じ得ず、あるいは伝統に傷をつけるのではと懼れるものです。皆さんの叡智を、ご支援を心底よりお願いする所以です。広く入会を募って会員を増やし、会員相互の親睦を、そして絆を深めることも広報の大切な使命と思っています。「ホームページ」、「東稲ニュース」と伍してその一翼を担うことかできれば幸いです。







   山に学び 山に遊ぶ
    
   納見 明徳 (昭37年 教育)

 学生時代は山登りに終始していた。そのまま登り続けて、今年、古希を迎えた。発足と共に歩んできた早大山の会は今年で創立50周年を迎え、多彩な記念登山を計画しており、現在私が住んでいる佐渡の金北山も記念登山が計画されている。5月には大勢のOBがこの花の百名山にやって来る。昭和29年の夏、大学受験に失敗して、元気の失せた浪人三人組は鋭気を求めて志賀高原に探検旅行に出かけた。キャンプ用品は何一つ無く、2貫目もある重い帆布地のテントを借りた。毛布、飯盒は自宅から持参した。当時の志賀高原は大草原と原生林の中に、静寂を保った池が点在して別天地だった。 石ノ湯、熊の湯と発哺温泉の薬師の湯、天狗の湯があり、静かに煙が立ち昇っていた。大沼池湖畔に幕営し、枯れ木を集めて火をおこし、飯盒炊飯を憶えた。志賀山、笠岳、岩菅山など周辺の山々を全て登りつくした。2万5千分の一の地図で、奥志賀から北へ岩菅山、烏帽子岳を縦走し、魚野川へ雑魚川が合流する谷間に下り、和山温泉に向うルートを検討したが、登山経験のない我々には無理と判断した。今冬の豪雪で孤立した新潟県の津南と長野県の栄村のその又奥地にある温泉で、当時は都会から最も離れた桃源郷に思えた。危ない探検は次回に廻し、草津街道を山越えで横手山から渋峠に下り、白根山に向かった。志賀草津スカイライン道路が建設中で発破の間を掻い潜って草津に下った。5日間のワンダリングを終え、軽井沢まで草軽電鉄のトロッコ列車に乗る。途中、線路をふさいでいる倒木を乗客がどけて進むと云うのんびりした鉄道だった。 翌年、念願の早稲田に入ると、山登りに夢中になった。一年生の春、生物の田辺和雄先生の引率で尾瀬を訪れ、その四季の変化は世界に類が無いと夏秋の草花を語られた。本格的な山登りに火が付いたのは、その年の体育実技の「山岳」参加だった。集合地、上高地の河童橋から仰ぎ見た穂高の雄大な山容は圧巻だった。西糸屋の前で山岳部監督の関根吉郎先生が短パン一枚の裸姿に登山靴の出立ちで待っておられた。3日間、徳沢から穂高岳など案内され、最後の夜はキャンプファイヤを囲んで山岳部員が哀調ある安曇節を熱唱し、山男への洗礼を受けた。靴底一杯にクリンカー、ムガーという鉄鋲を打って滑り止めにした登山靴がめずらしかった。昭和31年日本隊
がマナスル初登頂を果たすと登山ブームが起きた。早大の日下田実氏と慶応の加藤喜一郎氏のコンビが頂上に立った。32年春、二年生の時、早大山の会の設立と同時に参加し、学園生活は山一筋になった。山の会では東北の山を好んで登った。ヒマラヤ遠征隊を真似て、飯豊山の夏合宿に生きた鶏を米沢で10羽買い持参した。新人達はザックに逆に吊るしたり、ヒモを付けて歩かせたりして分担の鶏を運んだ。途中、何羽かが卵を生んだ。山上の幕営地で生きた鶏を捌くことになった。都会出身者は尻込みし、地方出身者が鶏の首をいきなり包丁で切り落すと、首と一緒に真赤な血が2mも吹き上がり、度肝を抜かれた。合宿の帰路に名所旧跡を訪れるのが習わしになった。仙台七夕祭りの時は仙台駅が構内に幕営の許可をくれたが、一方、仙台公会堂の設計者が早大教授だったので無料で畳の控室を開放してくれて泊まった。翌朝は平泉の中尊寺に向かった。玉ジャリの長い参道を行くと、途中に小さな案内所があった。仲間の一人が何か尋ねていたら、案内嬢が「学生さんは早稲田でしょう」と云う。登山の服装なので、なぜ解るのかと聞いたところ、「タダのパンフレットはありませんか」と以前に同じ事を聞いたのが早稲田の学生だったと云う。早稲田の伝統なのだろうか。中尊寺は大隈候の母堂ゆかりの寺とのことであった。50年前、東北の何処に行っても東京からの学生を親切に扱ってくれた。


杜の西北」第12号の発刊に寄せて
                                               会長  帆角 信美

第12回定時総会が4月9日の日曜日に70名近くの会員出席のもと開催され、 1.会員相互の親睦をはかる 2.早稲田大学の発展に寄与する 3.東久留米市の発展に寄与するという3つの基本方針が確認され、現在これら3つの方針に沿って活動を進めているところです。当会は平成7年4月に発足し、今年で12年目を迎えました。その間会員の方々が自主的に1つ1つ積み上げてくれたお陰で、会の活動は年々活発になり、会員は現在168名、会主催の行事は6つ、部会は9つにまで広がったほか、機関誌を2つ発行するとともに、文化活動として市民参加型の講演会、映画鑑賞会を年に数度開催し、さらに会独自のホ−ムペ−ジも設けております。さて、本誌「杜の西北」は、昨年の特別刊行「創立10周年記念号」(第11号)を経て、本年は12号を数えておりますが、本号は印刷経費の削減を図り、手作りの編集といたしました。伝統のフォーマットを崩し多分に読みにくさも伴いましたが、ご了承いただきたく思います。会員ポストマンを煩わし、東久留米在住約1,000名の校友(非会員を含む)に今年も配布いたします。「ホームページ」、「東稲ニュース」と併せご覧になっていただき、関心のある行事または部会に是非一度参加してください。最初は面倒だなあと思いますし、私も現実にそうでしたが、実際に参加してみましたら、同じ早稲田に学んだという誼からすぐに参加者の皆様と打ち解け、次の会合に参加するのが楽しみになりました。地元との接触をはかる1つのステップと考えて入会してみてはいかがでしょうか。皆様のご参加・ご入会をお待ちしております。





平成17年度事業報告

[行 事] ▼4・10第11回定時総会。来賓、会員出席者総数70名。講演会は講師早稲田大学村岡洋一副総長。▼1・15新年会。成美会館、参加者50名。▼9・10納涼会。成美会館、参加者52名▼役員会。2,3,4,6,8,10,12月の7回開催。▼講演会。6,10,12月の3回開催。▼ウォーキングを楽しむ集い。1,5,10,12月の4回開催2回中止。▼映画鑑賞会。2月「ガス灯」5月「旅情」9月「旅愁」。▼カラオケを楽しむ集い。7,12月開催。▼東京六大学野球・早慶戦を観戦する集い。4月(10月は中止)。▼郷土研究会。10月「南沢獅子舞」。[広  報] ▼東稲ニュース。1,5,7,9,11月の5回発行。▼ホームページ。平成14年11月開設。アクセス数15405回(18/4/8)▼会報「杜の西北」。3月創立10周年記念号発行。[部会活動] ▼女性サークル。隔月開催6,10月は市外。▼ゴルフ部会。6,10,11月は三田会共催、12月開催。▼俳句部会。年10回開催。4月早稲田、10月四万温泉吟行。▼書道部会。毎月第二日曜日開催、5月久里浜展覧会出品及び鑑賞ツアー、9月榛名湖練成会、11月市民文化祭に出展、同第3回作品展開催。▼囲碁部会。毎月第4日曜日碁会。5,9月オール早稲田囲碁祭、6月3地区、11月合宿湯河原。▼太極拳部会。毎週土曜日、4,5月野外演舞、10月4周年祝賀会。▼グルメ部会。6月中華料理「春秋園」、11月そば季彩「はや川」。▼散策山歩き部会。11月高尾山。

[大学・校友会との交流]▼代議員会。3,10月。▼商議員会7,11月。▼早稲田大学ホームカミングデー・稲門祭、10月。▼125周年記念事業募金238,000円(119名)募金累計額(当会名義分含む)1,908,150円。

[近隣稲門会との交流]▼東京三多摩支部・会長会8月、同支部大会10月、西東京稲門会5月、小平稲門会10月、清瀬稲門会10月、東村山稲門会11月の各総会に出席。

[東久留米三田会との交流]▼第3回定時総会4月。講演会共催10月。第3回、第4回ゴルフ対抗戦6,10月。


平成18年度事業計画
T 基本方針 1)会員相互の親睦をはかる。2)早稲田大学の発展に寄与する。3)東久留米市の発展に寄与する。
U 実行計画 1)サークル活動の推進。2)広報活動充実。3)近隣稲門会、三田会との交流活発化。4)125周年記念事業募金の推進。5)校友会会費納入キャンペーンの協力。6)大学、校友会主催会議、行事への参加。7)三多摩支部主催行事への参加。8)映画鑑賞会の定期開催。9)当会主催講演会の定期開催。10)新企画の開発と実施。
V 会員増計画の推進 1) 魅力ある当稲門会を多くの校友に知ってもらう。2) 会員周囲の未加入校友に働きかけをする。3)総会案内、「杜の西北」配布時に入会を働きかける。



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惜別 ・・・ やすらかにお眠りください
平成16年4月 4日没  小野塚 博さん  (昭26年 商)
平成16年4月29日没  宮崎 昂さん
  (昭29年 政経)
平成16年7月10日没  林 義一
さん  (昭17年 専商) 
平成17年4月26日没  猪狩 清二郎さん (昭37年 法)
平成18年4月15日没  橘 正治さん   (昭29年 文)

ポケットパーク(編集後記) ○「小にして学べば、即ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、即ち老いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず。」 幕末の儒学者佐藤一斎が「言志四録」に残した言葉である。単細胞的編集子はこの言葉に惚れて、本号主題に生涯学習をとりあげる気になった。もとより「いまさら遅いや」と言われるのは覚悟の上である。○早稲田に学び、たまたま東久留米に居を構えた。そんな偶然が得がたい出会いを生んだ。各分野の専門家、達人がいる。「日々是日」ともじって座右銘としている会員もいる。生涯学習などと肩張らず、学ばずして学べる環境が身近にあるのが嬉しい。○嬉しい出会いの裏には、悲しい離別がついてまわる。出会わなかったら良かったと身勝手にも思うことさえある。哀しき凡人の性とでもいうべきか。○本誌「杜の西北」12号は、経費を抑えて編集員手作りの編集としたことから、安直な横書きに走った。伝統的な縦書きフォーマットを破り、にもかかわらず例年の3ヶ月遅れの発行となった。ご容赦を仰ぐ次第です。(比護)

        「杜の西北」第12号    2006年6月発行
 発行人     帆角信美
 編集人     比護喜一郎
 編集委員    神田尚計 菱山房子 市川英雄 鮎貝盛和 松崎博
           森田隆 佐々木洋一 高橋哲男 山岡恭子
 事務局     平山正徑
 題 字      高橋勤