ユーモアの効果
               - チャーチルはなにも隠さなかった -
太田 晴之助  32政経卒 当会顧問
 昨年、書道展の打ち上げの宴席で、栄田先生となんとなく英国人のユーモア性について話が発展しました。
 英国に留学されていた先生も同意見でしたが、英国人は会話にスパイスを効かせるため実に巧みにジョークを駆使しています。40年前初めてロンドンに赴任し実生活を経験した時、英国人たちが日常会話に挿入するジョークを上手に返せなくて苛立ちを感じたものでした。ユーモアとは「歓喜と苦痛が交わしたキスだ」なんて洒落た定義がありますが、苦痛を笑いの中で溶かしてしまうのがユーモアの本質のようです。また「ユーモラスな会話が十分効果を上げるためには、それを発言する人、それを理解する人、それに気づかない人の3人がその場にいた方が良い」(S.ギルド)という皮肉な説もあるようです。赴任当時、苦痛を忘れ、そして気が付かない3人目の男とならないために神経を使ったものでした。
 当然のことですが、日本的な駄洒落や落語の「考え落ち」、「まわり落ち」はどのように煮直しても即興性効果を好む英国人には受けず、敢えて言えばY談めいた艶笑落語の小話が幾分受けたようでした。Y談話はいかに国際的な受けの種とはいえ、話し相手、時、場所により使い分けが必要で万能薬にはなり得ません。そこでユーモアセンスで業界随一といわれる人物にアドバイスを求めたところ、かっての英国首相W.チャーチルの逸話集を読むことを薦められ、英国・フランス小話集をプレゼントされました。
 一般に欧米人は大げさな表現で笑いを誘い出すテクニックに秀でているようですが、確かにブルドックに似たこの雄弁家もこの種のテクニックを用いて並みいる内外の政治家や記者を笑わせたようです。その本の一節に、チャーチルが米国を訪問しホワイトハウスに滞在した時のくだりがあります。チャーチルが入浴中にたまたま緊急な事件が起き、大統領秘書官が浴室をノックして「ご入浴中大変恐縮ですが、火急の問題が起きまして...」とかなんとか云ったのでしょう。するとチャーチルはなにも隠さぬ全裸姿で顔を出し、いきなり、「イギリス首相はアメリカ大統領に何一つ隠し立てするものはありません」と言ったそうです。見事なウイットだと感心しました。現実問題として、いかに友好関係にあったにせよイギリス首相がアメリカ大統領に対し、何一つ隠すものがないということはないでしょうが、ユーモアのオブラートに包んで心意気を示したのは、高度の政治的感覚といえると思いました。残念ですが日本の政治家ではこのような感覚、手腕はないのではないでしょうか。
 「大げさな表現と笑い」をオブラートに包んで相手に自分の意とするところをほのめかす技術は外国のセールスマンが得意とするものです。化粧品のセールスマンが「この化粧品には一つだけ欠陥がありましてね」、「あら、どんな点ですの」、「食費が少し余計にかかります」、「まあ、どうして」、「奥様がお綺麗になるものですから、ご主人様が夕食までにキチンとお帰りになります」。ウイットを解する奥様なら「まさか!」と笑いながらもその化粧品を買ってしまうことになるでしょう。
 前述しましたが、ユーモアは万能ではありません。が、言ってみればボクシングのボディブローのようなものでそれ自体は決定的なパンチにならなくても日頃から楽しいジョークのボディブローを的中させておけば、いざという時に役にたちます。特に家庭円満と若さを保つ秘訣となること間違いありません。
 最後に傑作中の傑作と思う小話二題を載せておきます。
 
 パリのお巡りさんは小粋なことで有名ですが、マドモアゼルの運転する車が渋滞する交差点でエンストを起こし、信号が赤から黄、黄から緑に変っても一向に動き出しません。パリのお巡りさんは、おもむろに車に近づいて「お嬢さん、信号にお好みの色がございませんか?」。
 
 律義者の農夫に11番目の子供が授かりました。これ以上子供が増えると生活に支障をきたすので、農夫は村の神父のところに相談に行きました。「神父様、いくら追い払ってもこうのとりが赤ん坊を運んでくるので困り果てていますだあ。どうしたらよかんべえか?なにかよい知恵をお願いしますだ」。神夫様は暫く考えた後、厳かに言いました。「空砲を撃つ練習をしなさい」。
   おたいくつさま。 おあとがよろしいようで。