第75回ウォーキング&山歩き(R2.1.6実施)【護国寺から雑司ヶ谷七福神初詣】活動報告

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穏やかな温かい正月で令和2年を迎えました。恒例の箱根駅伝も、我が早稲田は事前の予想を上回るシード権を得る活躍で、来るラグビーに2匹目の泥鰌の期待が大きくなった。
幸運が待っていそうな新年への思いを携え、良き日和の中、総勢12名(男8女4)で、護国寺の大隈重信公の墓参から今年のウォーキング始めた。広さや墓石の高さ等、「大隈の大風呂敷」などといわれても当然かもしれない立派な墓所であり、墓石には「従1位大勲位侯爵」と刻まれており、我らが母校の創立者の偉大さを偲ばせるものであった。
七福神と言えば、近年では廃れ気味の、室町時代の頃からの「初夢」文化のひとつとして日本で行われた風習から、宝船に乗った絵図が思い起こされる。最初から読んでも逆から読んでも同じ音になる回文歌、「永き世の 遠の眠りの みな目ざめ 波乗り船の 音のよきかな」が簡略化された名残りの一部でもあるという宝船に乗った気分で、七福神の初詣を始めた。七福神とは、福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神である。七柱は一般的には、恵比寿、大黒天、福禄寿、毘沙門天、布袋尊、寿老人、弁財天とされており、それぞれがヒンドゥー教、仏教、道教、神道、など様々な背景を持っている。
広大な名刹を出て首都高5号を潜って少し歩き、狭い境内に鎮座する吉祥天の参拝から始めた。通常、七福神には寿老人がいるが、この地では、代わって吉祥天が入っている。雑司ヶ谷鬼子母神尊像が出土したこの地を「清土出現所」と地元で親しみを込めて呼び、鬼子母神の娘神である吉祥天を祀ったものという。安寧と息災を祈るだけでなく、美女の代名詞としても尊敬を集めており、松の内ということで、平日であったが、初詣客が狭い境内に列をなす盛況で、この後行く先々でも、大変な人出であった。
七福神について触れて置こう。 恵比寿:伊邪那岐命・伊邪那美命の間に生まれた子供「蛭子」、若しくは大国主神の息子であり、唯一日本由来の神である。大黒天: ヒンドゥー教のシヴァ神の化身で、日本古来の大国主神の習合。毘沙門天:ヒンドゥー教の神。仏教に取り入れられてから、戦いの神として民衆に信仰される。弁才天(弁財天):ヒンドゥー教の女神。仏教に取り入れられ、音楽・弁才・財福・知恵の徳のある天女となった。福禄寿:道教の神で長寿と福禄をもたらす。寿老人と同一神とされることもある。布袋尊:唐の末期に実在したといわれる仏教の禅僧。弥勒菩薩の化身とも言われている。吉祥天:ヒンドゥー教の女神が仏教に取り入れられたもの。母は鬼子母神であり、毘沙門天を夫とする。早くより帝釈天や大自在天などと共に仏教に取り入れられた。弁才天と混同されることが多い。
童謡・童話で馴染みの深い大黒天は、深い木立の中に豪壮なお堂を構える鬼子母神本殿の片隅にある大黒堂にひっそりと鎮座しておられ、見逃してしまいそう。観静院という寺の境内の片隅に弁財天、都会のビルの中の一角という不釣り合いな雰囲気の中の布袋尊、他、全ての神が東久留米の七福神より狭い地域に鎮座しておられ、2時間程度で七福神巡りを終えた。
七福神 めぐり了(そば)んぬ 日和得て 【水原 秋櫻子】
折から昼食時であり、参加者全員で池袋駅近くの店に入り、七福神巡り完遂の祝杯を挙げ、程よきウォーキングの後の空腹を満たした。(東海俊孝記)
護国寺本堂前大隈重信公墓所前鬼子母神社前_大黒天がある吉祥天