札所めぐり
                          市川 英雄  当会副会長   33年政経

 札所をご存知ですか。
最近、旅行を兼ねて由緒ある小寺や仏像を鑑賞してまわる人達が多いのですが、昔は歌一首を札に記し寺に納めて参拝したことから、札所めぐりともいわれるようになりました。札所としては、八世紀初頭から始まった西国(関西)三十三ヵ所、十三世紀には成立していた坂東(関東)三十三ヵ所と秩父三十四ヵ所と合計して百観音巡拝が有名です。それに加えて、空海、のちの弘法大師が九世紀に開いた四国八十八ヵ所巡拝が代表的です。
 私は、この百観音寺を平成11年に昭和55年から19年かけて巡拝し終わり、納経帳にいただいた御朱印は、私の大切な思い出です。今は四国八十八ヵ所を手がけ始め、仕事で四国に出かけた合間に、コツコツと十数ヵ所まわりました。
 これ以外にも、全国各地の小寺名刹百ヶ所近くの御朱印をいただいています。
 西国三十三ヵ所は、和歌山・紀伊半島先端の那智・青岸渡寺(せいがんとじ 一番)を振り出しに、日本海側の天橋立近い成相寺(なありあいじ 二十八番)の京都府から大阪、岐阜、滋賀、奈良、西端は兵庫県姫路山中の円教寺(えんきょうじ 二十七番)まで二府五県にまたがります。
 坂東は、鎌倉の一番杉本寺(すぎもとじ)から始まり、東京・浅草寺(せんそうじ 十三番)を中心に、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城の山中から、西に神奈川・小田原の勝福寺(しょうふくじ 五番)まで一都六県に及びます。茨城山中の日輪寺(にちりんじ 二十一番)は太子(だいご)温泉に一泊し、小型タクシーに相乗りして麓まで行きましたが、もっとも難所でした。
 西国の宝厳寺(ほうげんじ 三十番)は琵琶湖の竹生島(ちくぶじま)に在り、秀吉の安堵状(あんどじょう)があることで有名ですが、彦根から船で約一時間、12月〜2月は運行休止で行くことができません。
 秩父三十四ヵ所は西武沿線からは有利で、電車・バスは使いましたが、現地では、なるべく歩いて巡りましたので、結構、汗をかきました。
 札所設定ころに巡拝する人は、殆どが修行僧で、西国三十三ヵ所を百五十日かけて(当然徒歩)巡拝した僧の記録によれば、かなりの苦行でした。室町中期以降は、一般庶民も札所めぐりをするようになり、秩父三十番の宝雲寺(ほううんじ)には、天文五年(1536年)の百ヵ所巡礼記念の納札が保存されています。私も江戸時代に奉納された百観音巡礼御札の満願額を見たことがありますが、奉納した人達は極楽浄土行き間違いなしと喜んだことでしょう。
 しかしこの頃になると、道楽気分の人も居り、近くに遊郭があったところもあるようです。
 約20年前に始めた札所めぐりのきかっけは、関西単身赴任中の休日無聊の慰めでした。仕事の合間とはいえ、長期間に亘り、仏教に特に縁のない私を札所巡拝に惹きつけたものは何なのでしょうか。あらためて振り返ってみますと、次の四点です
 一、納経帳に参拝した寺の朱印等といただくと、未済の寺の空欄が気になり、次の日程を考えざるを得なくなる。すなわち、昔の人が考えだした「目標管理」に嵌ってしまう。
 二、参考書などにより、小寺の歴史的背景を知り、交通機関・時刻を調べたりするのは、少年期の遠足前のように楽しい。現地では、荘厳な建物や仏像と周囲の景観に接し、樹木の多い境内でリフレッシュできる。特に西国の寺々は境内の保存が良いところが多く、歴史にも登場するので、歴史ものが好きな私は感慨にふけった。
 三、タクシーに相乗りした行きずりの人と会話したり、途中の車窓の景色を眺めたりするのは楽しいことだ。いわゆる、ちょっとした小旅の楽しみ。偶然に一緒した方から、後日ご自身の発明品を送っていただき、恐縮したことがある。
 四、目的地まで時間のかかる寺院に到着した時は、満足感と共に、日常無縁の信仰心が胸中に涌いてくるような気がするのは不思議だ。
 なにしろ、バスに乗るのに一時間以上待ったり、炎天下を汗を流しながら黙々と歩いたのだから。