エジプトを訪ねて
                          川俣 栄一  当会会員   28年理工

 去る睦月、約10日間エジプト旅行を楽しんだ。四大文明の一つエジプトは、聞きしに勝る素晴らしいものであった。
 成田からロンドン経由で入国したカイロのホテルの窓からは、夕日に映えた黄昏のピラミッドが、いきなり顔を覗かせていた。身はまさしくエジプトにあることを実感した。
 翌日はまず、最古のピラミッドとして知られる古王国時代(2650〜2180BC)のジュセル王による階段ピラミッド(サッカラ)及びスネフェル王による屈折ピラミットと赤ピラミッド(いずれもダハシュール)を見学した。午後はギザの砂漠に聳える三大ピラミッドを観光。三基のうち最大なクフ王のピラミッドに登り、内部構造を観察することができた。
 古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは2500年前、「このピラミッドは10万人の奴隷が20年かかって造ったクフ王の墓である」との記録を残した。しかし最近、ワークマン・ヒビレッチで出土した人骨の調査で、高度な医療技術が施されていたことが実証されたことからピラミッドを造った人々は奴隷ではないことがわかった。

世界最古のジュセル王の階段ピラミッド


     ギザの三大ピラミッド  

 毎年定期的にナイル河が氾濫すると、農地は約4ヶ月以上泥水に覆われるので農業はできない。この期に王は農民にピラミッドを造らせ給料を払う。つまりピラミッド建設は奴隷の苦役ではなく、公共事業であったのだ。古代社会の経済が再分配と互恵の原理によっていたことは驚くべきことである。
 3日目の早朝、空路ルクソールへ飛びナイル河東岸のカルナック神殿とルクソール神殿を見学した。ヒクソスという初の異民族侵入以来、ルクソールは地理的事情の重要度が高まり、ついには新王国時代
(1565〜1070BC)の首都になった。この期がエジプト史上の最盛期である。
 カルナック神殿は万物の父アモン神の厚い信仰を受け、歴代のフェラオ達は戦勝の度に神殿の増改築を繰り返した。この広大にして荘厳な神殿で、落日とともに行われた「音と光のショー」は、古代王朝の幻想的な世界を彷彿させてくれた。

ハトシェプスト(女王)葬祭殿  ルクソール西河岸

王家の谷  ルクソール西河岸

 4日目の午後はナイル河西岸の王家の谷、王妃の谷、ハトシェプスト葬祭殿を見学した。午後、クルーズ船に乗船、ルクソールをあとに一路ナイル河を南下した。西空を茜色に染めてナイル河畔に沈みゆく夕日を遠望する光景はまたとなく美しかった。夜の船内では民族衣装に身を包み、飲んでは踊り円陣を組んではゲームをする「ガラベーヤ」を楽しんだ。
 5日目はナイル河をクルーズで進み流域に点在する遺跡に立ち寄って観光した。
 6日目の朝、船はアスワンに到着し、アスワンハイダムを観光し古の石切場を見学、ハトシェプスト王妃に捧げられる予定だったという「未完成オベリスク」(長さ41mの一枚岩花崗岩)が印象的であった。
 7日目の朝、クルーズ船と別れ、空路アブシンベル大・小神殿を見学した。大神殿は建造者ラムセス二世の栄光を誇示したもので、小神殿は王妃に与えた。見学後、空路カイロへ。
 8日目の午後、エジプトの歴史の集大成として、考古学博物館を見学した。午後、アズハル・モスクを見学後、ハンハリーバザールでショッピングを楽しみ、翌日帰国の途へ。
 短い旅ではあったが文明発祥の地エジプトを訪ねて、7千年という悠久の流れのなか、人間が生み出した英知の結晶と偉業の数々は、今もなお限りなく古代文明へのロマンを掻き立て、比類なき感動を覚えた。
 またこの度は、海外旅行を好んだ亡き妻の最後の訪問地エジプトにおける足跡を辿ることができたことは幸いであった。